白 THE WHITE

1999/11/19 東宝東和一番町試写室
『由美香』『流れ者図鑑』の平野勝之監督の最新作。
厳冬期の北海道をひとり自転車で縦断する。by K. Hattori


 女性とふたりで自転車旅行に出かける『由美香』『流れ者図鑑』で、ドキュメンタリー映画の世界に新境地を開いた平野勝之監督の最新作。今回は平野監督がたったひとりで厳冬の北海道を北上し、日本最北端の地、礼文島のスコトン岬を目指す。僕は『由美香』を未見で『流れ者図鑑』しか観ていないのだが、旅の中で人間同士の関係が濃厚に煮詰まっていく様子は鳥肌が立つような迫力があった。自分を徹底的に窮地に追い込み、その中に旅のパートナーをも巻き込んでいくことで、普通の男女が数ヶ月か数年かけて味わうようなすべての出来事を無理矢理に押し込んでしまう乱暴さがある。しかもその乱暴さを、自ら克明に記録し、編集し、キャプションやナレーションを付けてしまうのだから、これは普通の「当事者意識」の持ち主では到底実現不可能なものだと思う。あるシチュエーションの中に自らを投げ出して状況に翻弄されつつ、同時に冷めた第三者としての目を忘れない。サディスティックな言動に没入しながら、その意地悪な自分を第三者のカメラがこと細かく記録している不思議さ。まったく、不思議な才能の持ち主だと思う。

 最初に企画ありき、というのが平野監督のスタイルらしい。なぜ今回はひとり旅なのか。なぜよりにもよって、厳冬期の北海道を自転車で旅しなければならないのか。それをビデオで記録することに、どんな意味があるのか。たぶん何らかの理由はあったのでしょう。しかしこの映画からは、その理由がまったく見えてこない。これが劇映画なら「主人公の動機が不明」「なぜそこまでやるのか理解不能」と批判されるところだろう。ところがこれはノンフィクションです。動機や理由がどうであれ、平野監督は実際に自転車で旅をしてしまったのです。自転車と雪山登山用の機材を一式そろえて、浜松の実家から一路北海道礼文島を目指して旅立ってしまったのです。一度動き出してしまえば動機など不要。いつしか移動そのものが自己目的化して、途中でどんな事態になろうとも、ペダルをこぐ足は止まらない。スクリーンに映し出される生々しい映像は、「なぜ?」という疑問を吹き飛ばしてしまいます。

 映画は監督の妻によるナレーションから始まります。監督の家族が出てきます。監督本人もカメラの前でペラペラとよくしゃべります。映画の導入部は非常に饒舌なのです。ところが旅が進むにつれて、監督はどんどん無口になって行く。最後の数十分は、ゴウゴウと鳴る風の音と、ペダルをこぐ監督の息づかいしか聞こえてこない。監督にとっても観客にとっても、ここでは何の説明もいらないのです。ひたすら目の前に迫ったゴールを目指して、前へ前へと進んでいくことだけがテーマになる。

 惚れっぽい平野監督が今回惚れた相手は、温泉旅館・登別パラダイスのスタッフ「りんちゃん」。寒い東北・北海道を旅してきた男が、こういう女性に惚れるのが非常によくわかる! りんちゃんの登場シーンはわずかですが、映画を観た人は全員が彼女に惚れるはずです。


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