間諜X27

1999/11/15 映画美学校試写室
1931年に作られたディートリッヒとスタンバーグのコンビ作。
ディートリッヒの女スパイぶりが見どころ。by K. Hattori


 マレーネ・ディートリッヒが主演した1931年のスパイ・サスペンス映画。「間諜」というのはスパイのことで、他にもヒッチコックの『間諜最後の日』という映画がある。監督はジョセフ・フォン・スタンバーグ。映画の舞台は第一次大戦下のウィーン。「生きるのも死ぬのも恐くない」と言い放つ美しい娼婦が、度胸と愛国心を見込まれて、諜報局の女スパイとして働くことになる。コードネームは「X27号」。最初の任務は軍内部の裏切り者を誘惑し、内通の証拠を握ること。彼女は見事この任務に成功し、次はいよいよ敵のスパイに接近して行く。ターゲットは名うてのスパイH14号。だが彼女の色仕掛けは彼に通用しなかった……。

 映画が作られた1931年には、まだドイツとアメリカは険悪な雰囲気になっていない。ヒトラーの政権はこの2年後、1933年に成立している。アメリカは第一次大戦後に再び伝統的な孤立主義に戻り、国内の不況対策に悲鳴を上げていた。欧州の戦争はアメリカ人にとって他人事であり、赤々と燃え上がるロマンチックな対岸の火事なのです。『間諜X27』はオーストリアの若い下士官が「戦争なんて殺人だ!」と叫ぶところで終わる、ある種の反戦映画です。これはアメリカ人が戦争嫌いだからこそ叫べる台詞です。平和な時代に反戦を叫ぶのはたやすい。第一次大戦ではアメリカもドイツ・オーストリアと戦っているはずですが、戦争終結から10年以上たつとそんなことはすっかり忘れられている。10年一昔とはよく言ったものです。この10年後、ドイツ・オーストリアは再びアメリカの敵国となってしまう。

 この映画の見どころは、ディートリッヒの華麗なる七変化。妖艶な娼婦の姿から、華麗な女スパイへの変身、パーティーでのきらびやかな衣装、シックなドレス、素朴な田舎娘への変装、凛々しい軍服姿、囚人服、そして再び娼婦ルックへ……。特にすごいのは田舎娘への変身で、僕は一瞬別の女優かと思ってしまいました。メイクも変えていますが、表情から何から全部違う。ディートリッヒの変装といえばビリー・ワイルダーの『情婦』が有名ですが、それ以前から「変装」は彼女の得意技だったのですね。この映画の中では彼女のスパイぶりもなかなか本格的。絶体絶命の窮地に陥っても、常に視線は左右を探って手がかりや脱出方法を見つけだそうとしている。その抜け目のないところが、なかなか面白い。

 娼婦だった女は最後に娼婦として死ぬ。裏切り者のスパイとして殺されることより、戦争に荷担する前の名もない娼婦に戻ることを願う。このくだりには、ハリウッドの伝統的な「娼婦=天使」というルールが見て取れます。彼女は娼婦のように敵のスパイと関係を持ちますが、そのたった一夜の恋に命を懸けるのです。「娼婦が本気の恋をする」という、男たちにとっての幻想がここにあるのです。間諜X27号は戦争の犠牲者であると同時に、男たちの幻想の犠牲者でもある。なんだかそれが、ひどく哀れに思える映画でした。

(原題:Dishonored)


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