火星のわが家

1999/10/07 シネカノン試写室
火星の土地を売りに出したことのある男と娘たちの物語。
意外と普通のホームドラマだった。by K. Hattori


 家族というのは、意外なほど身近な人のことを知らないものだ。自分の父親や母親がどういう人で、家の外でどの程度の社会的評価を得ているかなどということに、あまり関心がないのが普通なのではなかろうか。この映画に登場する家族は、年老いた父親とふたりの娘。父親はいろいろな職業を転々としてきた男で、どこか正体不明の山師的なところがあるが、それについて家族は誰も深く知ろうとはしない。逆に父親の方も、娘の仕事や家庭生活についてあまり詮索しない。顔をつきあわせて、一緒に食事をして、淡々と日常が過ぎて行く。

 今から40年以上前、日本宇宙旅行協会という団体が実在し、火星の土地を10万坪につき千円で売り出したことがある。購入者の中には多くの著名人もいたという。この映画に登場する神山康平という男は、日本宇宙旅行協会会長の原田三夫がモデル。大嶋拓監督は最初「火星の土地を買った男」と家族の話を考えていたらしいのだが、売った側の原田三夫について調べているうちに、すっかりこの人物に惚れ込んでしまったらしい。康平のキャラクターを作るにあたっては、かなりの部分で原田三夫の生涯を参考にしたようだ。もっとも、物語そのものはまったくのフィクションだろうけど……。

 映画の中では火星の土地の話がひとつのエピソードとして登場するだけで、物語の中心になるモチーフとはされていない。中心になるのは康平の次女がニューヨークから帰ってきて、康平宅のはなれで暮らしている青年と関わりを持つ数週間の話だ。物語の進行役という意味では、この次女と青年こそ映画の主人公。次女・未知子はニューヨークでジャズ・ボーカリストとして活躍していたが、精神的なストレスで歌が歌えなくなっているという設定。演じているのはニューヨークの老舗ライブハウス「ブルーノート」で、日本人として初めてライブを行った鈴木重子。その父親・康平を演じているのは日下武史。はなれに住む青年・透を演じているのは、これが映画デビュー作となる堺雅人。康平の長女役はちわきまゆみ。登場人物は基本的にこの4人だけで、あとは数シーンに出版社の人や病院の医者が登場する程度。父親の康平が火星の不動産を世界で初めて売った男ということもあり、もっとドラマチックでスケールの大きな話かと思っていたら、意外や普通のホームドラマであることに驚いてしまった。娘たちから見れば、父親はごく当たり前な「私の父」でしかないという真実がここにある。

 主演の鈴木重子のぼんやりした持ち味が、映画の中で一種の真空状態を生み出しています。主人公・未知子がぼんやりしているのに対し、父親や姉は普通よりややテンションの高い人たち。未知子に好意を持つ透は、ごく普通なのかな……。水が高いところから低いところに流れ込むように、こうしたキャラクターのテンションの高低差がドラマに奇妙な流れを作り出す。この物語の源流は間違いなく父親ですが、それが姉から透を通って、最後は未知子へと流れ込んで行くのです。


ホームページ
ホームページへ