アイ・ラヴ・ユー

1999/10/04 徳間ホール
ろう者の日常をろう者自身の視点から描いたヒューマン・ドラマ。
ろう者と健聴者が一緒に作った初の日本映画だ。by K. Hattori


 ろう者の妻と健聴者の夫、そして小学生の一人娘。妻の耳が不自由なため、家の中では手話が共通語。そんな一家を主人公にて、聴覚障害者と健聴者のふれ合いや社会との関わり、偏見や差別、障害者の自立の問題などを描いた社会派ドラマ。独立プロダクションが作った映画で、主として全国の公民館やホールで自主上映活動をしていくタイプの作品だと思う。この手の映画の中には、メッセージ性ばかりが鼻についてドラマ作りが二の次になってしまう作品も多いのですが、この映画はしっかりしたものです。監督は『GAMA/月桃の花』『金色のクジラ』の大澤豊と、日本ろう者劇団の代表でもある米内山明宏。この映画は健聴者とろう者が共同で監督した、日本で初めての劇場用長編映画なのです。

 主人公であるろう者の専業主婦、水越朝子を演じているのは、実際にろう者でもある忍足亜希子。NHKの手話教室などに出演した経験があるそうですが、もちろんこれが映画主演デビュー作。マリー・マトリン(『愛は静けさの中に』)の日本版といった感じです。彼女の夫、水越隆一を演じている田中実は、老人介護問題をテーマにした『ちぎれ雲/いつか老人介護』にも出演していた。あえてそうした映画を選んでいるわけではないのでしょうが、この手の役には似合う役者です。この映画の中では、ろう者の役は実際にろうの役者が演じ、健聴者の役は耳の聞こえる役者が演じている。脇役の出演者が意外や豪華なので、独立系の映画ではありますが、貧乏くさい感じはまったくしません。

 主人公朝子が友人の所属するろう者劇団に入り、県の芸術祭で「美女と野獣」を上演するというのが物語の大きな背骨になります。さらにここに、手話に対する世間の好奇の目や偏見、聴覚障害者の結婚問題、障害を持つことは不幸か否か、ろう者の親と健聴者の子供の親子関係、ろう者と健聴者の意識の断絶などが、巧みに織り込まれて行く。ドラマの作りとしてはオーソドックスですが、力強く感動的な脚本だと思います。障害者をことさら「善良で無垢ないい人たち」として描くこともなく、ことさら「障害は個性です」と理想論をぶつわけでもない。ここに登場するろう者は、我々と少しも違わない隣人たちです。ろう者である劇団員の女性が映画雑誌を見ながら、ディカプリオについておしゃべりをする場面には笑ってしまった。この場面で、映画を観ている健聴者は、ろう者に親しみを覚えるはずです。

 この映画は『風の歌が聴きたい』のような大感動作ではありませんが、何ヶ所かで思わず涙ぐむ場面がありました。ひとつは夫婦喧嘩をした主人公が、「あなたにはわからない」と押し出すような声で叫ぶ場面。健聴者である夫に何とか自分の気持ちを伝えようとする言葉が、「あなたにはわからない」だという切なさ。これがあるからこそ、ラストシーンに用意されている「手話は素敵だ。寝ている我が子の枕元でこうして夫婦がお喋りすることができる」と言う場面がより感動的になるのです。


ホームページ
ホームページへ