ゴースト・ドッグ

1999/09/27 東宝第1試写室
武士道かぶれの殺し屋が雇い主のマフィア幹部を守ろうとする。
「葉隠」をモチーフにした異色のアクション映画。by K. Hattori


 『武士道と云は、死ぬ事と見付たり』という有名な書き出しで知られる山本常朝の武士道論書「葉隠」。日本人にすら難解なこの本をこよなく愛し、サムライとして生きようとするひとりの殺し屋がいた。その名はゴースト・ドッグ。自分の命を助けてくれたマフィア幹部を主君と仰ぎ、彼のために命がけの仕事を次々とこなしていく彼だったが、ある日引き受けた仕事のために、彼は主君と共にマフィア組織から追われることになってしまう。

 今は失われてしまった武士道と、すっかり時代遅れの感があるマフィアの掟を対比させながら、古風な生き方しかできない男たちの葛藤を描いた作品だ。あまりにも不器用で要領よく時流に乗ることができない男たちに共鳴し、滅び行く者のダンディズムを描いた映画作家にサム・ペキンパーがいるが、この映画はそんな格好良さとは無縁。マフィアたちは自分たちが集会場にしている店の家賃を3ヶ月も滞納して追い立てを食らっているし、マフィア映画に必ず出てくる夫婦や家族の描写も希薄です。登場するマフィアは老人ばかりですが、おそらく彼らは家族にすら愛想をつかされているのでしょう。古くさい「家族の絆」や「組織の掟」に固執したマフィアたちは、組織そのものを壊滅させることになります。

 脚本・監督はジム・ジャームッシュ。主人公ゴースト・ドッグを演じているのはフォレスト・ウィテカー。太って大柄なウィテカーが凄腕の殺し屋を演じても、そこにはゴルゴ13のような鋭利な殺気が感じられない。もちろん腕は一流だし十分すぎるほどストイックな人物なのですが、どこかで「オタク青年の殺し屋ゴッコ」のような気配が付きまとってしまう。何しろこの主人公、趣味はハトを飼うことだし、愛読書は「葉隠」、屋上で日本刀を振り回すのがトレーニング、部屋には小型の仏壇があって、床下収納庫は忍者屋敷のような仕掛けが施してある。これじゃ日本趣味のオタク野郎です。日本文化を茶化しているわけでも軽々しく扱っているわけでもないのですが、やはりどこか誤解があるように思う。日本刀を使っての殺陣はありませんが、屋上トレーニング場面の刀さばきは香港映画のそれ。サイレンサー付きの銃をホルスターにしまう前、時代劇映画のヒーローが刀を鞘に納める時のようにクルクル回してみせるのはご愛敬ですが、観ているとやっぱり苦笑してしまう。

 「組織に裏切られた一匹狼の殺し屋」というアクション映画の定石をなぞりながら、この映画が指向しているのは手に汗握る活劇ではない。ここに登場する男たちは、遠い過去に失われた奇妙な日本文化や、現代では何の実用性も持ち得ない形骸化したマフィアの掟にしがみついて生きている。彼らはまったく現実に手を触れず、一種のフィクションの中で生きているのだ。それに比べると、フランス語しかしゃべれないアイスクリーム屋や読書好きの少女が、何とたくましく見えてくることか。殺し屋と少女の交流は、正統派アクション映画『レオン』に対する皮肉のようにも見えてくる。

(原題:GHOST DOG / THE WAY OF THE SAMURAI)


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