母の眠り

1999/09/07 UIP試写室
メリル・ストリープが末期ガンの母親を演じる家族のドラマ。
きちんと作られた映画だけど、佳作どまり。by K. Hattori


 エレン・グルデンにとって父親は英雄だった。父親は文学部の教授で、高名な文芸評論家。新聞社で駆け出しの記者をしているエレンにとって、父は遙か遠くにある巨峰だ。エレンはいつだって、父親に認められたいと願ってきた。それに比べて、専業主婦の母親はなんとつまらない生活をしていることか。愛する家族のためと言いながら、小さな家と地域の狭いコミュニティの中で個性を埋没させている母。エレンは母に嫌悪や軽蔑の気持ちさえ持っている。エレンにとって、母親は人生の反面教師なのだ。ところが、そんな母親が突然入院する。病名は末期ガンだ。父親はエレンに、仕事を辞めて母親の看病をしろと命令するのだが……。

 エレンを演じているのは『ザ・エージェント』のレニー・ゼルウィガー。母親ケイトをメリル・ストリープ、父親ジョージをウィリアム・ハートが演じている。テーマは母と娘の確執と和解、娘から英雄視されていた父親の意外な弱点、それらをすべて引き受けて新しい人生の一歩を踏み出して行くエレンの成長です。芝居の上手さに定評のある3人の役者たちが、物語の中で組んず解れつの精神的葛藤を演じる様子は見応え十分。ミステリー仕立てのアイデアが必ずしも成功しているとは思えませんが、脚本のエピソード配分は定石通りで無駄がない。映画としては佳作の部類にはいると思います。

 この映画が佳作止まりで傑作にならなかったのは、母親と娘の対立や葛藤がいまひとつ際立ってこないからです。ここに描かれる母娘関係をフェミニズムの文脈で解釈しても意味はないのですが、娘エレンが「働く女性の方が専業主婦より偉い」と考えているのは間違いありません。母親が病で倒れ、介護のために実家に戻ってにわか主婦業を始めたエレンは、その重労働がまったく報われないものであることを知って愕然とする。しかし母親は何十年間も、その報われることない重労働をこなしてきたのです。エレンは母親の働きぶりに関心するものの、それを偉いとは思わない。家族のためにつくす母親を支配しているのが、単なる奴隷根性だと思ってしまう。

 母親は娘にとって、軽蔑の対象なのです。母親は愚かで視野が狭い、古い価値観の持ち主なのです。もちろんそれは娘からそう見えているだけで、実際は違います。でも映画の前半では、観客が娘と一緒になって「専業主婦っていやだな」と思えなきゃならない。映画の中では、母親がいきなり『オズの魔法使』の扮装で登場するなど、野暮ったさを見せようとする製作側の意図は感じられます。ところが母親役のメリル・ストリープは、どう見たって娘役のレニー・ゼルウィガーより貫禄があるし洗練されている。それがこの映画のテーマをぼかしているのだと思います。少なくとも『マディソン郡の橋』のストリープには、もっと生活臭があったけど……。

 母親役をストリープにするなら、娘役はレニー・ゼルウィガー以外の女優のほうがよかったんじゃないだろうか。これは演技力の問題ではないのです。

(原題:One True Thing)


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