グレン・グールド
27歳の記憶

1999/09/01 TCC試写室
若き天才グレン・グールドを追いかけたドキュメンタリー。
歌うピアニストぶりがなかなか楽しい。by K. Hattori


 今なお熱狂的なファンのいる天才ピアニスト、グレン・グールドのドキュメンタリー映画。カナダ人のグールドはコンサート・ピアニストとしてキャリアをスタートさせ、'55年に22歳でアメリカでデビュー。若き天才ピアニストとして一躍音楽界の寵児となる。その後は演奏会と録音を並行して進めたが、'64年、31歳の時から録音専門のピアニストとして隠遁生活に入る。グールドのデビュー作で代表作となったのはバッハの「ゴールドベルク協奏曲」。以後も数々の名盤を録音し、ラジオやテレビに出演したが、'82年に50歳で亡くなった。

 この映画は、'59年にカナダで製作された前後編1時間足らずのドキュメンタリー。前半の『Glenn Gould Off the Record』では、カナダでのグールドの生活ぶりや練習風景、彼の音楽論などがスケッチ風に描かれ、後半の『Glenn Gould On the Record』では、ニューヨークのCBS録音スタジオでバッハの「イタリア協奏曲」を録音する姿が描かれている。この頃はまだデビューから間もない頃で、グールドはコンサート活動も行っていた。しかし「演奏会と録音とどちらが好きか?」というインタビュアーの質問に「録音だ」と即答する場面や、映画後半の録音への熱中ぶりからは、彼がやがてスタジオにこもってしまうことが見て取れる。またスタッフから「なぜニューヨークに住まないのか?」とたずねられた時の答えにも、彼が一生カナダに住み続けた原点が見えるような気がする。いろんな意味で、貴重なドキュメンタリー映画だと思う。

 グレン・グールドは様々な奇癖で知られるピアニストだったが、この映画にもその数々が記録されている。極端に低いイス。録音前に飲むミネラル・ウォーター。足を組んでの演奏。ピアノを演奏しながら身体を揺すり、左手の演奏では右手が見えないオーケストラを指揮する。そして、演奏しながらのハミング。これはもう、口ずさんでいるなんてレベルじゃなくて、大声で歌っていると言ってもいい。スタジオでエンジニアに「楽譜に歌のパートはないぞ!」と小言を言われても、グールドの歌は止まらない。これは子供時代からの癖だというが、前身から音楽があふれ出してくるようで面白かった。練習中も歌いながら演奏し、指が止まってピアノの前を離れても歌い続け、部屋を歌いながらぐるぐる歩き回って、またピアノの前に座って歌にあわせて演奏を続ける。

 なぜ歌うのかという理由は、たぶん本人にもわからないのだろう。でも左手のソロで右手が指揮をし、その右手も演奏に加わったとたんに歌が出始める場面などは、目の前にあるピアノの音以上のものが、グールドの内側からほとばしる瞬間のようで迫力がある。低いイスのせいで鍵盤ごとピアノを抱え込むようにして演奏するグールドは、ピアノと一体化して全身で音楽を表現している。奇行ぶりを本で読むとただの変人にも思えるグールドだけど、こうしてそれを映像で見ると、この演奏にはこの行動が不可欠のようにも見えてくるから不思議だ。

(原題:Glenn Gould Off the Record / On the Record)


ホームページ
ホームページへ