白痴

1999/08/11 松竹試写室
坂口安吾の小説を手塚眞が映画化。2時間半は長すぎる!
最後の特撮シーンはすごいけど、それだけ。by K. Hattori


 坂口安吾の小説「白痴」を、故・手塚治虫の長男である手塚眞が脚色・監督した珍品映画。原作は太平洋戦争末期を時代背景にしているようだが、映画化した本作では時代も場所も不詳。毎日のようにB29の空襲があるのは戦争中と同じだが、戦っている相手が誰かわからないし、主人公が勤めているのもテレビ局という設定。主人公が下宿に戻ると昭和10年代末期で、職場に行くとそこは近未来。この物語に登場する町は、この世のどこにもなかったどこか、この世のどこにもあり得ないどこかだ。架空の町、架空の戦争、架空のテレビ局、架空のアイドルタレント……。もちろん、そうした虚構も悪くはない。その虚構の中に、一片の真実があるのなら。

 2時間26分もある大作なのだが、センスが古くさくて観ていられない。映画の冒頭に、焼け跡の中でファッション写真を撮っている男が登場した瞬間から、「これはヤバイ!」と思ったんだよな。こうした取り合わせが、時代設定をぶち壊すシュールリアリズムだと思っているんでしょうか……。その割には、やけにお上品じゃないか。取り澄まして「私ってオシャレでしょ?」と周囲に媚を売っているようで見苦しい映像です。ウィリアム・クラインが30年以上前に撮った『ポリー・マグーお前は誰だ?』や『ミスター・フリーダム』の方が、はるかに面白いぞ。なんで最新の映画が、30年前の映画より古さを感じさせちゃうんでしょうね。

 他にも、これは主演の浅野忠信の声質のせいかもしれないが、ことさら「気狂い」や「白痴」を連呼するのも、「それがどうした?」と思ってしまう。テレビ局(メディア・ステーション)の建物がバベルの塔になっているのも、安易な古典の引用で白ける。偉そうに能書き垂れてわがまま三昧のアイドルタレントにも虫酸が走る。音楽も安直にサティなんて使うなよな。さらに物語のクライマックスは「どこかで観たような絵」の連続。元ネタは諸星大二郎か……。こんなにあからさまな引用を連発していては、プレス資料の「新感覚のヴィジュアリスト」という紹介文が泣くぞ。

 主演は売れっ子の浅野忠信と、映画出演は『ファンシィ・ダンス』以来2度目の甲田益也子。『ファンシィ・ダンス』では頭をツルツルに剃った甲田益也子が、今回は眉毛を剃って出演。この人は美人かもしれないけど、恐いんだよな。じつは僕、あるデザイン事務所のパーティーでこの人のすぐ近くに座ったことがあるんですが、顔の造作やスタイルが「常人離れ」を通り越して「人間離れ」してます。今回の白痴の女という役は、人間離れした彼女には打ってつけだったのかもしれないけど、相手役の浅野忠信との年齢バランスがやや気になる。

 脇の出演者はすごく豪華。主人公が暮らす路地のセットも素晴らしく手が込んでいて、予算をたっぷりかけているのがわかります。最後の大空襲シーンはこの映画最大の見どころ。おそらく日本映画に登場した空襲シーンでは、もっとも見事なものでしょう。でもそれだけ。


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