Hole

1999/07/05 メディアボックス試写室
ボロアパートの床(天井)にあいた小さな穴からはじまる物語。
ラストシーンは見事。ミュージカル場面も素敵。by K. Hattori


 『青春神話』『愛情萬歳』『河』で知られる台湾の映画監督、ツァイ・ミンリャンの最新作。古いアパートの上下階にそれぞれ一人暮らしをしている若い男女が、建物にあいた直径10センチほどの穴を通して、コミュニケーションとも言えないようなコミュニケーションをする物語。漏水調査のためにあけられた穴は、互いの部屋の物音や匂いを伝えるが、そこに暮らす人間同士は決して相手と直接のコミュニケーションをとらない。ここで描かれているのは、都会暮らしの孤独と、希薄な人間関係だ。登場人物は極端に少なく、物語に直接からんでくるのは主人公であるアパート暮らしの男女のみ。舞台はアパートの部屋と、上の階に住む男が働く廃墟のような市場だけ。主人公たちには名前すらない。

 アパートやマンションでの暮らしはプラバシーが保たれていてとても便利なのだが、反面、非常に孤独であることも確かだ。近所づきあいがないため、誰が自分の隣に住んでいるかもわからない。住人はいつの間にか引っ越してきて、いつの間にか出ていってしまう。廊下やエレベーターで出会っても、その人が外から来た人なのか、住人なのかまったくわからない。以前は引っ越しのたびに隣近所に挨拶して回ったものだが、今はそんな習慣もすっかりすたれてしまった。昼間は外で働いているため、部屋は無人のことも多いだろう。この映画の主人公たちも、1日のうち部屋で過ごすのはほんの数時間。その大半は寝ているので、部屋で「暮らしている」のは毎日3〜4時間に過ぎない。それは気ままなひとりの時間であり、耐え難いほど孤独な時間でもある……。

 若い男女の部屋が穴でつながるという設定は、それだけ見れば少しエロチックでロマンチックなものに受け止められそうだ。しかしこの映画では、そんな観客側の期待を最初から裏切ってしまう。ふたつの部屋のコミュニケーションは、酔って帰った上の部屋の男が穴に向かって(つまり下の部屋に向かって)ゲロを吐くところからはじまる。その前には、穴からゴキブリが這い出してくるシーンもある。穴は最初から厄介なものを運んでくる場所であり、ロマンチックな幻想とは程遠い物なのだ。だが小さな穴が伝えてくる人間の気配は、より孤独を際だたせる効果を発揮する。

 この映画では劇中に突然ミュージカル場面が挿入されるのだが、こうしたきらびやかな映画的シーンと対比することで、日常生活がいかに味気ないかが強調されている。ミュージカルが演じられるのが、主人公たちの暮らす薄汚いアパートのエレベーターであったり、階段であったりすることで、対比効果が高まっているのだと思う。ミュージカル場面に登場する役者が、無名の男女を演じているのと同じヤン・クイメイとリー・カンションだから対比の効果は抜群だ。

 絶望的なラストシーンが、最後の最後に意外なほどあっけなくハッピーエンドに転化する見事さには、思わず息を呑んでしまう。全編の長回し撮影もじつに効果的。

(原題:洞)


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