秀子の車掌さん

1999/06/29 東宝第2試写室
高峰秀子と成瀬巳喜男が初めてコンビを組んだ記念すべき作品。
題材はローカルだが、料理の仕方がモダン。by K. Hattori


 大傑作『浮雲』を筆頭に、数々の映画でコンビを組んだ成瀬巳喜男監督と高峰秀子が、はじめて出会った記念すべき作品。高峰秀子は成瀬監督とたくさんの仕事をしているのに、彼女の自伝「わたしの渡世日記」には成瀬監督の名前がほとんど出てこない。なぜだろう……。当時の高峰秀子は大人気のアイドル子役で、この映画のタイトルに『秀子の車掌さん』と彼女の名前が折り込まれていることからもその人気の程がうかがえる。彼女が演じているヒロインの名前は「おこまさん」で、秀子という名前は出てこないんですけどね……。

 この映画が製作された昭和16年は、太平洋戦争が勃発した年。しかしこの映画の中には、戦争の予兆のようなものは一切描かれていない。あるのはひたすらのどかな日常の風景だ。物語の舞台は甲府のはずれにある小さな町。ヒロインのおこまさんは、オンボロの車1台で運行する路線バスの車掌さんだ。車掌さんというのは、観光バスの「バスガイド」ではない。電車の車掌と同じく、車内で切符を売るのが仕事だ。路線バスから車掌の仕事がいつなくなったのかはよく知らないが、今でもバスを「ワンマンカー」とか「ワンマンバス」と言うのは、昔車掌が同乗して2人で仕事をしていたことの名残だろう。

 主人公の勤めるバス会社は、新しくできた別のバス会社に押されて業績が悪化。それを立て直すために、おこまさんは車内で「観光案内」をやろうとする。びっくりしたのは、この当時のラジオで、バスガイドの観光案内が放送されていたこと。これは今の行楽番組のはしりでしょうね。ラジオから流れる観光案内を聞きながら、遠く離れた別の場所に想いをはせるわけです。映画の中では、高峰秀子扮するヒロインが近所の旅館に長逗留している東京の作家先生に頼んで案内用の原稿を作り、一所懸命練習して口上をマスターするのが面白い。何の変哲もない風景の中にも、口上の道具立てはあるのですね。

 52分という短い映画ですが、シンプルな筋立てながら少しヒネリがあって面白い。日本ドメスティックな素材に見えますが、料理の仕方にはかなりモダンなセンスがうかがえます。ラストの皮肉なオチなんぞは、まるでフランス映画のようではありませんか。それでいて、まったく暗くならないのがいい。成瀬巳喜男の晩年の作品はどんどん暗くなっていきますが、ベースにあるのはこうしたモダンでしゃれたセンスなのです。

 映画の中のユーモアは、大半が古びてしまっている。車掌さんがゲタを履いているとか、かき氷にシロップを余計にかけるとか、作家先生がバスガイドのポーズまでレクチャーするなど、文化ギャップのようなものをギャグにしている部分がかなりある。今観ても微笑ましいんだけど、特に笑えるというものではない。失礼な言い方になってしまうのだけれど、登場人物たち全員が少しずつ背伸びしているような場面が、とってもカワイイ映画なのです。高峰秀子はふくれっ面がチャーミングなんですが、この映画ではそれがあまり見られないのが残念。


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