獣のようにやさしい人

1999/03/16 映画美学校試写室
激しく互い求めあいながらも、愛を探して迷路に入る恋人たち。
イアン・ケルコフ監督のデビュー作。by K. Hattori


 一昨年日本で公開された『アムステルダム・ウェイステッド』が話題になった、オランダの映画監督イアン・ケルコフの特集上映が、6月からユーロスペースで行われる。今回はその試写で、3本のケルコフ作品を観ることができました。『獣のようにやさしい人』はケルコフ監督の長編劇映画デビュー作。『アムステルダム・ウェイステッド』ではデジタルビデオを巧みに使ったケルコフですが、'92年のこの作品では16ミリでオーソドックスな映画を撮っています。上映時間は1時間24分。フィルム・アカデミー在籍中の夏休みに作られたこの作品で、ケルコフはオランダで権威のあるGolde Calf賞の最優秀作品賞を取り、主演のジャニク・ドレイスマは主演女優賞を受賞しています。

 オープニングがいきなり激しいセックス・シーン。腰を振る男の股間でキンタマがぶらぶら揺れているんですけど、このシーンにはボカシが入ってない。ファーストシーンが「キンタマぶらぶら」だから、これはかなり衝撃的です。(実際の上映時にはボカシが入るのかな?)ベッドの上でからんでいたのは、役者志望の青年カイダイと恋人のステファニー。ステファニーはカイダイの野性的なセックスに溺れながらも、彼にそれ以上の何かを求める。それは優しさなのか。あるいは愛情なのか。しかしそんな彼女の期待に、カイダイは応えられない。ふたりの関係は、ある日突然、失速してしまう。

 激しく男を愛そうとした女と、その愛情から逃れようとした男の物語……。いやむしろ、男は女の愛情に応えようとしたがゆえに、それに応えられずに思い悩んでいるようにも見える。単純に逃げようとしたわけじゃない。正面から向き合った結果、自爆してしまうのです。結局カイダイは、ステファニーを最初から愛していなかったのか。それとも愛し方を知らなかっただけなのか。このあたりは不明確だが、不明確だからこそカイダイは悩み、ステファニーも苦しむのでしょう。

 自信満々に周囲に毒づき、ステファニーを激しく抱いていたカイダイは、少しずつ無口になり、やがて彼女とのセックスすらなくなってしまう。オープニングが「キンタマぶらぶら」の激しいセックス・シーンだっただけに、カイダイの変貌ぶりが強く印象づけられます。体の結びつき以上のものを求めるステファニーは、それでも彼を愛そうとするのですが、カイダイは彼女に一言も言葉をかけることなく姿を消してしまう……。

 それから2年後、新しい恋人とベッドでまどろむステファニーのもとに、カイダイから突然電話がかかってくる。酒かクスリで酔いつぶれたように舌の回らないカイダイは、電話口で彼女に優しい言葉をかける。「お前のオッパイを背中に感じながら、バイクをぶっ飛ばせたら最高だ」。それからしばらくして、彼女のもとにはカイダイが死んだという知らせが届く。ウイスキーをがぶ飲みしながら、思い出のレコードを聴くステファニー。このラストシーンには、涙が出そうになる。

(原題:KYODAI MAKES THE BIG TIME)


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