アンダー・ザ・スキン

1999/03/15 映画美学校試写室
母の死をきっかけに、夜な夜な男あさりに出かけて行く少女。
目に見えない姉妹の葛藤を描く人間ドラマ。by K. Hattori


 母と娘、姉と妹の愛憎関係を描いたイギリス映画。主人公アイリスは、姉のローズにいつもコンプレックスを持っていた。姉は自分より母に愛されている。姉は美しい。姉は幸せな結婚をしている。アイリスの「愛されたい」という渇望は、恋人との関係の中でも癒されない。彼女は常に渇いている。そんな中、ふたりの母親が病で急死する。常に愛されたいと願う対象が消えてしまったことで、アイリスの精神と生活のバランスは大きく崩れてゆく。派手な身なりと化粧をして夜な夜な街に繰り出し、行きずりの男たちに体をまかせる生活。恋人や友人たちは彼女の変貌ぶりに驚き、やがて彼女のもとから去って行く。アイリスは映画館で出会ったトムという男に、自分を愛してくれる理想の男性像を重ねようとするのだが、彼もアイリスを愛しているわけではなかった。

 娼婦まがいの姿で街を歩き、声をかけてくる男から「本物の愛」を得ようという考えがそもそも大間違い。そんなことは、普通の人なら誰にだってわかることだ。でも、愛に飢え渇いているアイリスには、そんなことすらわからなくなっている。漂流船の乗組員たちが空腹とのどの渇きにたえきれずに海水を飲んでしまうように、アイリスも目の前にある男たちの欲望に身をさらすことで、少しでも愛の渇きを癒そうとする。「いい年して、甘えるんじゃない!」という叱責を拒絶する、深刻な心の傷がアイリスにはある。彼女が派手な格好で街を歩き、男の腕から腕へと渡り歩き、身も心もボロボロになって行く様子は何とも痛々しい。

 この映画の姉と妹の関係は、ジェニファー・ジェイソン・リー主演の『ジョージア』という映画に似ている。『ジョージア』では、メア・ウィニンガム演じる姉ジョージアが売れっ子のカントリー歌手で、家庭的にも恵まれている女性として描かれ、ジェイソン・リー演じる妹セイディは、安酒場やライブハウスでドサ回りを続けるパンク歌手という設定。『ジョージア』も切ない話だったけど、劇中で披露されるいくつかの演奏シーンが人間関係の残酷さを多少は和らげ、苦い薬を飲みやすくするオブラートのような役目をはたしていた。でも『アンダー・ザ・スキン』には、そうした仕掛けが全くない。主人公の傷ついた心は、吹きさらしの風の中に丸裸のまま放り出されている。趣味の悪い毛皮のコートと金髪のウィッグを付けたアイリスの姿は、ワニに毛皮をはぎ取られて赤むけになった、因幡の白ウサギのように見える。

 監督のカリーヌ・アドラーは、これが長編デビュー作。アイリス役のサマンサ・モートンも、日本ではまったくの無名。観ていて楽しい映画でもないし、デートムービーにもおよそ適しそうにない映画だ。でも映画のラストで、歌手になりたいと願っていた主人公が小さなステージに上り、「アローン・アゲイン」を下手くそな歌声で披露する場面にはちょっぴり感動してしまった。あ、そうか。ラストシーンを歌で締めくくるところも、『ジョージア』に似ているのかな……。

(原題:UNDER THE SKIN)


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