竜二

1999/01/13 東映第1試写室
今も高い評価を受けている故・金子正次の脚本・主演作。
昭和58年製作の元祖ネオ・ヤクザ映画。by K. Hattori


 昭和58年に製作された、金子正次の脚本・主演作。新宿でやくざ稼業をしていた男が、足を洗って女房子供と平和な暮らしを始めるが、その生活になじめないまま、再びやくざの世界に戻ってしまうまでを描く。監督は後に『チ・ン・ピ・ラ』『野蛮人のように』を撮る川島透で、これが監督デビュー作。この映画は自主製作作品だったが、異色のやくざ映画として高く評価され、東映セントラル・フィルムの配給で10月29日から全国公開された。『竜二』は興行的にもヒットし、批評家のウケもよく、この年のキネマ旬報第3位。しかし自ら借金してまで映画を作り、脚本と主演も兼ねて各方面から大いに注目された金子正次は、成功を見届けた11月6日未明、ガンのためにこの世を去った。33歳。

 『竜二』で評価された金子正次の残したシナリオは、その後も『チ・ン・ピ・ラ』『ちょうちん』『獅子王たちの夏』などが映画化され、つい数年前も青山真治が『チンピラ』をリメイクしている。昨年は遺稿シナリオ集と評伝が、幻冬社アウトロー文庫から発売されている。金子正次の魅力は、死後15年たっても輝きを失わないということだろうか。そんな中で、金子のデビュー作『竜二』がニュープリント公開される意義は大きい。

 『竜二』は暴力シーンのないやくざ映画だ。街を肩で風切って歩きながら、欲得ずくめの稼業に嫌気がさして、妻子と堅気の生活を始める竜二。だが平和な生活の中でも、彼の渇きは癒されない。結局彼は、妻子を放り出して再びやくざの世界に舞い戻る。話としてはじつに簡単なのだが、そこで描かれる小さなエピソードや心理描写の積み重ねがじつに丁寧で、はんぱなやくざ者の気持ちに思わず感情移入してしまうのだ。

 かつて苦楽を共にした友人が、覚醒剤に溺れてどんどん堕ちて行く様子。シノギのない不甲斐なさから、妻子と別れなければならなかった過去。どんなにいい女を抱いても、どれほど羽振りがよくなっても、失ったものを思うと彼の心は安まらない。組織の中で一目置かれる存在になっていても、彼はそこが自分の居場所ではないように感じ始めている。やくざから足を洗った先輩の店で、ついつい弱気な本音を吐きながら、竜二の中では堅気の生活へのあこがれがふくらんで行く。ある事件をきっかけに、ついに渡世から足を洗うと宣言した竜二が、実家に帰っている妻に電話で報告する場面は、情感があふれる名場面になっていると思う。

 竜二の妻を演じているのは、当時まだ無名だった永島映子。自分の夫の気持ちが、少しずつやくざの世界に戻っていることを感じ、彼が去ることを予感する様子がよく描けている。買い物客でにぎわう商店街で、一言も声を掛け合わぬまま別れるふたりの姿が、なんとも切ない。この場面、演出としてはありきたりなのだが、それまでの物語の蓄積と、主演ふたりの芝居のボリュームで、じつに見応えのある場面に仕上がっている。「しょうがねぇ野郎だ」と思いながらも、泣けちゃうんだよな。


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