素晴らしき日曜日

1998/11/01 渋東シネタワー3
東京国際映画祭/ニッポン・シネマ・クラシック
黒澤明が戦後の焼け跡でロケした貧しい恋人たちのドラマ。
クライマックスに拍手が起こって感動。by K. Hattori


 黒澤明が終戦直後の焼け跡を舞台に描いた、若いカップルのラブ・ストーリー。脚本は黒澤監督の幼なじみでもあった植草圭之助で、このコンビの作品には他に『酔いどれ天使』という映画がある。『素晴らしき日曜日』はクライマックスで主人公が観客に向かって拍手を求めるという、まるで舞台劇のような趣向がある作品。この試みは大失敗して、劇場はシンと静まり返ったままだったとか。(外国の映画祭などでは拍手が起こったと、黒澤は自伝に書いています。)今回は東京国際映画祭での追悼企画なので、ひょっとしたら拍手が起きるかなと期待していたら、はたしてクライマックスで拍手は起こりました。控えめな拍手がパラパラと起きただけですが、僕もそれに便乗して拍手に参加しました。こんな経験は、ビデオ鑑賞では絶対に味わえません。

 拍手が起こって気が付いたのですが、この映画の終盤の演出は「客席の拍手」を前提に設計されています。拍手がないままラストシーンを観ると、きっとすごく白々しいエンディングに思えたことでしょう。この日は映画の前に主演女優だった中北千枝子さんを招いてのトークショーがあったのですが、どうせならその際、観客に劇中での拍手をおねだりしておけばよかったのに……。

 この映画を観たのは今回が初めてですが、脚本は黒澤の全集で読んでいました。所持金わずか35円のカップルが、日曜日に何をして過ごすかという単純なアイデアから出発し、気持ちの浮き沈みをつぶさに描写してゆくすぐれた脚本です。映画のジャンルはぜんぜん違いますが、これは『隠し砦の三悪人』にも行なわれた、黒澤の基本パターンです。この映画からは、後年の黒澤タッチの萌芽が随所に見られるのも面白い。キャバレーの場面や公園のブランコに見られるダイナミックな構図、少年たちの野球シーンからあふれてくるユーモア、浮浪児が登場するシーンのセンチメンタリズム、下宿の前のラジオ店から流れてくる音楽などは、紛れもない黒澤タッチです。主人公たちが自分たちのベーカリーを想像して演じるパントマイムは、『どですかでん』の電車の元祖。終戦直後の世相を背景に、正直に生きることの辛さから自暴自棄になりかける主人公の心情は、『野良犬』の遊佐につながるものだと思う。こまっしゃくれた少年たちの台詞は、『赤ひげ』に出てくる長坊を連想させるしね。

 同じ境遇から出発したふたりの人間が、ひとりは正しい道を歩み、ひとりは悪の道を歩んでゆくという設定も、黒澤作品には繰り返し登場するテーマです。この映画では、同じ貧しさと苦しさを共有する主人公の男がどんどん落ち込んで自暴自棄になり、女の側が前向きに生きようとしている姿が見られます。他人の脚本で映画を作っていても、描かれているテーマは『天国と地獄』と変わらないのです。黒澤はやはり黒澤でしかありません。

 暗くて地味な映画なのでは、という先入観があったのですが、実際に観てみると、そんなことは決してない。終戦直後の東京を写したロケ撮影も貴重です。


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