プライベート・ライアン

1998/09/07 イマジカ第1試写室
スピルバーグが描くノルマンディ上陸作戦と戦場の真実。
『七人の侍』からの影響が大きいぞ。by K. Hattori


 スピルバーグ監督の最新作は、第二次世界大戦で連合軍の大反撃のきっかけとなったノルマンディ上陸作戦と、その後数日の出来事を描いた戦争映画。過酷な戦場の現実を徹底したリアリズムで描いたこの映画は、従軍体験のある老人たちがこれを観ると、戦争後遺症(神経症)がぶり返すぐらいに本物ソックリなのだそうです。今までも戦争の悲惨さや残酷さを描いた映画はたくさんありましたが、確かにこの映画ほど徹底して即物的な描写を貫いた例はないでしょう。映画には特有の約束事があるので、銃声がして弾着用の血糊がパッと散れば、それで人間は「死んだとみなされる」のです。ところがこの映画では、戦場で兵士たちが目にするであろう事柄が、子細漏らさずスクリーンでも描かれている。

 敵の待ち構える海岸に到着した兵士たちは、揚陸艇のハッチが開くと同時に、敵の機関銃で蜂の巣にされる。あわてて艇から飛び降りて溺れ死ぬもの、水中で銃弾に倒されるもの多数。味方の兵の身体から吹き出す血を浴びながら海岸にたどり着けば、辺りは足の踏み場もないほどの死体で埋まっている。銃撃で腕を吹き飛ばされた兵士が、積み重なった人間の残骸の中から自分の腕らしきものを拾い上げて幽霊のように歩いている。砂浜に撒き散らした自分のはらわたをかき集め、母親の名を叫ぶ若い兵士がいる。バラバラに引き千切られた兵士たちの肉体が、ボロ雑巾のように海岸に散乱している。この戦闘の中で生き残るのは、単なる偶然でしかない。

 試写の日は黒澤明の訃報を聞いた翌日。自称「黒澤の弟子」であるスピルバーグが黒澤の死を意識していたとは思えませんが、この映画が黒澤の『七人の侍』から大きな影響を受けていることは間違いありません。ひとりのリーダーに率いられた、小人数の戦闘集団を描いていること。各登場人物の個性が、巧みに描かれていること。

 さしずめミラー大尉は勘兵衛(志村喬)で、その女房役であるホーバス軍曹は七郎次(加東大介)か五郎兵衛(稲葉義男)でしょうか。祈りを唱えながら物凄い狙撃の腕前を見せるジャクソン二等兵は久蔵(宮口精二)。頭では戦場を理解しているつもりでも、いざとなると足がすくんで動けなくなるアパム伍長や、兄弟を失っても戦場から去ろうとしないライアン二等兵は勝四郎(木村功)。子供を助けようとして雨の中で狙撃されるカパーゾ二等兵は菊千代(三船敏郎)かもしれない。もちろん、単純にコピーしているわけではありません。カパーゾが狙撃されるシーンは久蔵が撃たれるシーンにそっくりだし、菊千代的なキャラクターはライベン二等兵の人物像の中に、むしろ色濃く現れている。

 この映画は単なる残酷絵巻ではなく、根底に流れているのは素朴なヒューマニズムです。活劇の醍醐味も十分味わえますが、ベースにあるのは人間ドラマです。この秋まず何を観るべきかと聞かれたら、この作品を一番に推します。黒澤の死を嘆くのに一段落したら、彼の衣鉢を継いだスピルバーグに目を向けてほしいと思います。

(原題:Saving Private Ryan)


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