夢見るシングルズ

1998/09/01 シネカノン試写室
アパートで隣同士になった男と女の友情を、ユーモアたっぷりに描く。
パトリス・ルコント監督が1981年に撮ったラブ・コメ。by K. Hattori


 人間は誰でも、自分を愛してくれる誰かを求めている。この映画は、妻に去られた男と恋人に裏切られた女が出会い、互いに好感を持つようになるというラブ・コメディ。しかしこの関係は、はたして「恋愛関係」や「恋人同士」と言えるんだろうか? ふたりは考えた末に、最後にひとつの結論を出す。「私たちは愛し合ってるわけじゃない」。愛の不在がどういうわけかハッピーエンドになるという、かなりひねくれた結末に、人間の心の不思議さや、人間関係の面白さを感じさせる映画でした。主演はミシェル・ブランとアネモーネ。監督はパトリス・ルコント。1981年製作のフランス映画です。

 ミシェル・ブランが空港の警備員を振り切って、飛行場を走りに走るオープニングで一気に物語に引きこまれますが、この出だしはじつにうまい。妻に去られた男の狼狽ぶり、無分別さ、切なさ、虚脱感などが、すべてここで表現されている。彼は妻の出て行ったアパートから、独身者専用アパートに引っ越しますが、そこで出会う隣室の住人アネモーネの登場シーンもすごかった。エレベーターホールで目を真っ赤に泣きはらし、ぐずぐずと鼻をすすり上げ、エレベーターの中でもハンカチを噛み締めて泣き声を押さえようとしている。この登場は、かなりインパクトがある。しかも次に出会ったときは、エレベーターの中で失神してしまうという念の入りよう。なんとも劇的な男女の出会いです。

 アネモーネ演じる女性カメラマンのナディーヌは、失恋しては無茶なやけ食いに走り、気になる男性が現れれば突然絶食をはじめるという極端な食生活を送っています。でもこういう心理って、誰にでも多少は覚えがあると思う。付け焼刃の減量にどれだけ意味があるのかはわからないけど、そうした泥縄式の行動に走ってしまうのが人間の愚かしさであり、面白さだと思うのです。この映画のナディーヌの食生活を見て「わたしと同じだ」と思う女性は(男性も)多いでしょう。独身者向けアパートに住むかっこいい女性ファッション・カメラマンが、こうした人間的な欠点を持っているからこそ、映画を観ている人たちは彼女を応援できるのです。彼女が空腹のあまり倒れ、差し出された怪しげな食べ物(食パンを溶いた生卵にひたして砂糖をぶっかけたもの)をむさぼり食う場面には、彼女の気さくな人柄が表れてます。

 これはミシェル・ブラン演ずるベルナールも同じ。彼は自称29歳のわりに頭はハゲてるし、背も低い。当然、世間一般で言うハンサムガイというわけにはいかない。救急医療隊の医師をしているのですが、本人いわく「兄は優等生で専門医、僕はおちこぼれで一般医」というコンプレックスがある。そんな彼が妻に去られた後、ぎこちなく新しい恋に足を踏み出して行く様子を見ていると、観客はやはり、心から彼の幸せを願わずにはいられなくなってしまう。彼が可愛い女子高生と仲良くなるくだりなんて、ちょっと悔しいけど、やっぱり応援しちゃうもんね。観ればみんなが好きになる映画だと思います。

(原題:MA FEMME S'APPELLE REVIENS)


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