鳩の翼

1998/08/13 日本ヘラルド映画試写室
H・ジェイムズの原作を『バック・ビート』のイアン・ソフトリーが映画化。
ヴェニスの風景がとても素敵。衣装もすごくいい。by K. Hattori


 主演のヘレナ・ボナム・カーターがアカデミー主演女優賞にノミネートされたことから、タイトルだけは今年の早い時期から知っていた映画です。原作は『ねじの回転』のヘンリー・ジェイムズ。これを『日陰のふたり』の脚本家ホセイン・アミニが脚色し、『バック・ビート』のイアン・ソフトリーが監督した。今世紀初頭のイギリスとヴェニスを舞台に、ボナム・カーターが演じる主人公ケイト、『司祭』のライナス・ローチが演じるケイトの恋人マートン、『この森で、天使はバスを降りた』のアリソン・エリオットが演じるミリー・シールが、錯綜した愛と欲望の三角関係を演じます。

 ボナム・カーターが上手いのは前から知っているので驚くほどのことでもないのですが、個人的にはアリソン・エリオットが『この森で、天使はバスを降りた』のパーシーとはまったく違う役柄を演じていて少し驚きました。小柄でエネルギッシュなケイトと対照的に、ミリーは大柄で大らかな美人という感じ。彼女が精一杯の気持をこめてマートンに愛を告白する場面では、思わず彼女を応援してしまいました。

 物語自体は、特に感心しませんでした。ふたりの女性が重要な役回りを演ずる映画なので、女性が観るとまた違った感想があるかもしれませんが、僕は特に誰かに感情移入することもなかった。唯一の男性キャラであるマートンが何を考えているのかさっぱりわからなかったのも、この映画にのれなかった原因です。ケイトの企みと嫉妬は頭で理解できるし、ミリーの一途な愛情には同情しましたが、マートンが何者かだけは、最後の最後までよくわからなかったのです。彼はいつから、ケイトではなく、ミリーを愛するようになったのか。その感情的な分岐点が、映画の中で明確になっていないような気がします。彼の感情の揺れが観る側に伝わってこないから、ケイトの焼きもちだけが唐突なものに見えてしまう。最後になって「あれれ?」という感じでした。もっともこれはあくまでも「第一印象」に過ぎないので、もう一度映画を観れば、そこで意外にデリケートな性格描写があることに気がつくのかもしれません。

 この映画の見どころは物語ではなく、むしろ入念に再現された1910年ごろの風景でしょう。特に3人がヴェニス旅行に出かけるくだりは最高です。街路を埋める人々、熱気あふれる市場の風景、水路の上のゴンドラなどが、すべて入念な時代考証のもとに再現されている。夜のヴェニスを、ゴンドラがゆったりと進むシーンの美しさ。ヴェニスが舞台になった最近の映画というと、ウディ・アレンの『世界中がアイ・ラヴ・ユー』がありましたが、『鳩の翼』を観て僕が思い出したのは、ジョセフ・ロージーの『エヴァの匂い』だった。とにかく素敵です。この場面だけでも、映画代の価値があります。

 シャーロット・ランプリングがケイトの伯母の役で登場して、思い切り意地悪ぶりを発揮します。それにしても、年をとってもすごくきれいな人ですね……。

(原題:THE WINGS of THE DOVE)


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