マーキュリー・ライジング

1998/07/22 UIP試写室
国家機密である暗号を解読してしまった9歳の自閉症児を、
B・ウィリス扮するFBI捜査官が守り抜く。by K. Hattori


 政府の秘密暗号を解読してしまったことから、殺し屋に命を狙われるようになった少年と、この陰謀にいち早く気付いたことから、孤立無援の戦いに追い込まれるFBI捜査官の物語。捜査官を演じるのはブルース・ウィリス。もともとは囮捜査のベテランだったのだが、ある事件の捜査中、目の前で10代の少年たちが相次いで射殺されたことから、今は捜査の一線を退いているという設定。本当なら助けられたはずの子供たちを、自分の力不足で助けられなかったという思いが、彼の心に大きな傷となって残っている。だからこそ、9歳の少年が事件に巻き込まれていることを知った時、彼は「今度こそ最後まで俺が守り抜くぞ」と決意する。ひとりの中年男が赤の他人である子供のために命懸けで戦う理由としては、これで十分だと思う。男は大義のために死ねるのです。

 難攻不落の秘密暗号を子供がやすやすと解いてしまうというアイデアは、『Xファイル』の初期シリーズにも似たような話があった。だからこのアイデア自体は、取りたてて新鮮なものではない。この映画のユニークさは、暗号を解く子供を自閉症児に設定したこと。9歳のサイモンは、秘密暗号を解くぐらいだから当然知能は高いのだが、通常のコミュニケーションは困難。人見知りとヒステリーはものすごいし、完全にパターン化された行動を繰り返すかと思えば、思いもかけない突飛な行動で周囲を驚かせることもある。そんなわけで、主人公アートとサイモンの関係は、『刑事ジョン・ブック/目撃者』というより『レインマン』に近いものになってしまう。主人公アートはサイモンとの意思疎通がはかれないまま、殺し屋から逃れ、警察からも追われる身となる。

 無意味な文字列がカチャカチャ動いて意味のある文字列に置き換わるオープニングタイトルは格好いいし、サイモンが次々パズルを解いて行くシーンなども面白いのだが、映画そのものはかなり低調。物語の設定に、どうしても説明不足な点が目立ちすぎる。例えば、なぜ機密暗号をパズル雑誌に発表したのかがわからない。暗号の堅牢性を検証するためだとしたら、サイモンが暗号を解いた時点で、暗号のアルゴリズムを改良するのが筋。解読不可能な暗号が「解読されてしまった」という事実は、いずれもっと多くの人間に暗号が解かれることを示している。サイモンひとり殺しても意味ないのです。それに、パズル雑誌で問題を解いても、編集部に連絡してこない人間だっているに違いない。国家安全保障局がなすべきことは、サイモン暗殺ではなく、サイモンを自分たちのチームに引き入れ、監視下に置くことだったのです。

 最終的にどこに物語が着地するかという部分が、最後までまったく見えないのも困った。結局サイモンは誰がどのような形で保護したのか、国家安全保障局では誰が処分されたのか、サイモンの暗号解読術は、国家の脅威ではなくなったのか、各国に散らばる工作員たちは無事国外に脱出できたのか。これらの解決を見ぬまま、最後にアートとサイモンが抱き合って終わりだなんて……。

(原題:MERCURY RISING)


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