うそつきな彼女

1998/06/11 パシフィコ横浜
(第6回フランス映画祭横浜'98)
虚言症の女性と詐欺師の男の恋は、騙し騙され……。
マリー・トランティニャンの魅力が大きい。by K. Hattori


 第6回フランス映画祭横浜のオープニング作品。虚言癖のある女性と若い詐欺師の間に生まれた、奇妙な恋の行方を描いている。監督は『めぐり逢ったら運のつき』(僕は未見)のピエール・サルヴァドーリで、これが彼の長編3作目にあたるとか。主演はマリー・トランティニャンとギョーム・ドパルデュー。このふたりは共に2世俳優です。ドパルデューはアングルや表情によって、本当に父親ジェラール・ドパルデューそっくりに見える時がある。もちろん、だいぶスリムですけどね。この映画はまだ日本での配給が決まっていないようですが、かなり面白いので、どこかが買い手に名乗りを上げてくれることを願います。ユーモアもあるし、ラブストーリーとしてもちょっとひねった面白さがあるし、フランス映画らしい人生に対するリアリズムがあります。

 虚言癖のあるジャンヌは、自分が富豪の娘だと称してひとりの老婦人宅に入り込む。そこに出入りして何かと婦人の世話を焼く若い男アントワーヌは、じつは泥棒の一味。老婦人の財産を盗もうと考えていたのだが、それに失敗すると、今度はジャンヌをだまして金を巻き上げようと考える。高利貸しに借金があると言うアントワーヌのために、ジャンヌは義兄をだまして金を作る。これでジャンヌが「富豪の娘」であることを確信したアントワーヌたちは、今度は彼女を誘拐して莫大な身代金を奪うことを考えるのだが……。

 ジャンヌの虚言癖は病気です。悪気があって、他人をだまそうというものではない。彼女の言葉はいつも、その場しのぎの言い逃れや、口からでまかせの類。最初はとんでもなく迷惑な女に見えたジャンヌが、いつしかとても可愛らしく見えてくる。罪のない、他愛のないうそが、だんだん彼女の魅力になってくるのです。こんなに素敵なウソは、ジョニー・デップの『ドン・ファン』以来かもしれない。彼女のウソは、それを聞く人々を少しずつ幸福にする。彼女と知合った老婦人もそうだろうし、アントワーヌたちも、一時は夢がみられた。そんな彼女が、初めて他人のために義兄をだます。ここで観客は、ウソにまみれた彼女の中に、一片の真実を見つけることになる。彼女はアントワーヌに恋をしたのです。

 誘拐事件をめぐる騒動はこの映画最大のクライマックスですが、この映画の主眼はむしろその後にある。ジャンヌの虚言癖を知ったアントワーヌが、はたしてどう行動するか。彼女のウソにほだされて、彼女と一緒に生きていこうとした彼の決心は、彼女の真の姿を知ったことでどう変わるか……。彼は彼女のウソに付き合って生きようとするのです。この後の物語は、とても感動的です。彼が彼女のウソを知ったからこそ、彼女の言葉が持つ魔法のような力がくっきりと浮かび上がってくる。ふたりで訪れた田舎の村で、遠い親戚があらわれたと大喜びする老夫婦たちの表情が印象的です。映画の最後は必ずしもハッピーエンドではありませんが、ほろ苦い中に、ほんのりと甘い思いが残る映画でした。

(原題:...COMME ELLE RESPIRE)


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