あなたに言えなかったこと

1997/12/01 松竹第2試写室
リリ・テイラーが可愛い女を演じているなんて意外だけど新鮮でもある。
スペイン出身監督が描くアメリカ田舎町の人間模様。by K. Hattori



 『I SHOT ANDY WARHOL』でウォーホルを撃ったブスでレズのフェミニストの運動家を演じていたリリ・テイラーが、恋人に振られた後、おっかなびっくり新しい恋に歩み寄って行く現代女性を演じた小品。監督はスペイン出身のイザベル・コヘット。本国スペインで長編デビューし、この映画がデビュー2作目。しかもいきなりアメリカ進出第1弾。慣れない環境でアメリカ人スタッフとキャストを前に監督するのは、大変だったでしょう。

 この映画からは、「スペイン人の撮った映画だぜ!」という民族的アイデンティティのようなものは見えてきません。これはスペインの映画界が最近はアメリカナイズされてきているということなのか、それともアメリカナイズされた監督だからアメリカでもすんなり撮影できたということなのか不明。多分両方だと思います。それにしても、最近スペインの映画って多いですね。僕が観ただけでも『電話でアモーレ』や『ビースト/獣の日』があった。僕は観てないけど、『タクシー』という映画もありました。今年は『シャイン』を筆頭にオーストラリア映画が小さなブームになりましたが、来年以降、スペインにも注目しておいたほうがいいかもしれません。

 ブームと言えば、今年はトム・ジョーンズの年でした。この映画の劇中とエンディングに使われているのは、トム・ジョーンズの「It's not unusual」。これって『マーズ・アタック!』でも、劇中とエンディングで使われてましたよね。今年は『バウンド』と『フル・モンティ』でもトム・ジョーンズが使われてます。なぜ今年はトム・ジョーンズなのか? もっとも、この映画の製作年は95年だから、他のどの映画よりこの映画が先んじてトム・ジョーンズを使っているんです。

 この映画は、社会的なつながりから切り離されつつある現代人の不安を、うまくすくいあげた佳作です。リリ・テイラー演じる主人公アンは、恋人を追いかけてアメリカの田舎町に引っ越してきたら、当の恋人はプラハに転勤が決まって蜜月にはジ・エンド。親しい友達も親戚もいない中に、ひとりで取り残されてしまう。不動産セールスマンのドンは、父親の会社を手伝いながらもそれに乗り気がせず、ボランティアで命の電話のオペレーターをしている。そんなドンと、電話だけのつながりを持っている、性転換者のダイアンと、自己導入型うつ病のスティーブ。アンに好意を持ちながらも、その気持ちをアンの郵便物を開封することでしか解消できない隣家のポール。みんな悪い人たちじゃないんだけど、自分の安らぐ場所を探してうろうろしている。

 踏み切り待ちをしている自動車の描写が何度か出てきます。この場面が、この映画に登場するすべての人間関係を象徴しています。それぞれの目的があって別々に生きている人間たちが、たまたま偶然その時その場に居合わせて、同じ空間を共有する。踏み切りではドラマが生れませんが、コインランドリーやカメラショップなら、ちっぽけなドラマが生れるというわけです。


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