ちんなねえ

1997/10/27 東和映画試写室
高知県立美術館で行われた麿赤児の公演「トナリは何をする人ぞ」を
林海象が大胆な解釈を施しながら映画化した。by K. Hattori



 高知県立美術館が舞踏家・麿赤児に依頼して製作したオリジナル公演「トナリは何をする人ぞ」を、林海象が取材してまとめ上げたドキュメンタリー映画。麿赤児は異形の俳優として映画ファンにもお馴染みですが、本業は舞踏集団「大駱駝艦」を率いる舞踏家なのです。舞踏家で俳優というと、石井輝男作品に準レギュラーとして出演していた土方巽を思い浮かべますが、麿赤児はその土方の弟子にあたる人なんですね。96年11月に、高知県立美術館能楽堂で行われた「トナリは何をする人ぞ」は、上演時間が1時間半ほどの舞台だったそうです。林海象はその全貌をフィルムに定着させるのではなく、映画作家の目から見て冗長な部分をどんどん削り、さらに、映画用に新たな撮影カットなども加えて、上映時間43分の作品を作り上げました。

 林海象は舞台公演のフィルムに、原田芳雄らが出演するドラマ部を随時挿入し、麿赤児の舞踏を一炊の夢のごとくに描き出す。原田演ずる探偵がぶらりと入った理髪店。とろとろとまどろむ探偵は、いつしか夢幻の世界に入りこんで行く。そこでは美しい女が探偵を手招きし、幕末の絵師・絵金と酒を酌み交わし、舞台の上では絵金が、昭和天皇とマッカーサーが、坂本龍馬が、土方巽が、現実と虚構のはざまを超えて動き回る。タイトルの『ちんなねえ』というのは高知弁で、「おかしなことだね」といった意味だそうです。漢字で書くと「珍なねえ」になるのかもしれません。この映画はまさに「ちんな映画」になってます。特にドラマ部分は、きっちりと林海象の映像世界になっている。97年の林海象映画としては、『キャッツ・アイ』より面白いかもしれない。

 ただし肝心かなめの舞台公演の記録の部分は、どう観ても退屈。林海象自身「退屈だ」と思ったからこそ、1時間半の公演を正味30分強(ドラマ部を合せて43分)にまで縮めてしまったのでしょう。退屈な理由として、僕が舞踏というものになれていないことも考えられますが、それ以上に、この映画が「舞踏の記録映画」としてはバランスを欠いた描写に終始していることも、退屈さを強めていると思うのです。『ちんなねえ』のカメラの視線は、舞踏を観ている者の視線ではなく、映画作家の視線なのです。もし麿赤児が演じているパフォーマンスを記録するのであれば、彼の舞踏(ダンス)の全退蔵が映る構図をもっと多用すべきだった。この映画では、クローズアップがものすごく多い。でもアップでは、全身を使った舞踏は映像として定着できないのです。

 1930年代、ブロードウェイの振付師出身のバズビー・バークレーという映画監督が、ミュージカル映画で一世を風靡したことがある。彼は舞台の上のダンスを映画用に徹底的にいじくり回し、映画ならではのダイナミックなミュージカルシーンを作り上げた。林海象も、麿赤児という舞踏家と格闘して、映画用の舞踏作品を作るぐらいの覚悟があれば、この映画ももっともっと面白くなったと思うのですが……。それは難しいよね。


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