さまよえる人々

1997/10/24 TCC試写室
ブリューゲルの描く農村風景が見事に再現されている素晴らしさ。
幻想的な物語もがっちりと構成されていて力強い。by K. Hattori



 16世紀のオランダを舞台に、「オランダ人」とだけ呼ばれる名無しの男が、自分のルーツを探す旅に出るファンタジックな映画です。主人公の父親はカトリックの異端審問官から逃れた異教徒で、逃亡中にフランドル地方の地主の妻と関係した後、捕えられて殺されます。地主の妻は異教徒の子供を妊娠し、出産直後に死亡する。生れた子供は「オランダ人(ダッチマン)」と呼ばれ、地主の家の下働きとして育てられることになります。

 映画はフランドル地方の風景を丹念に描いて行く前半と、オランダの刑務所(矯正院)に入れられた主人公のサバイバルを描く後半に分けることが出来ます。僕は前半のフランドルの風景に魅了されました。フランドルの画家ブリューゲルの絵が、そのまま映画になったような美しい農村風景。以前ベルギーの美術館で、フランドル派の絵画ばかりを集めた一室を眺め歩いたことがありますが、この映画に描かれている農村風景は、まさにそうしたフランドル派の絵画そのものです。

 監督のヨス・ステリングは、オランダの画家レンブラントの伝記映画を作ったこともある人ですから、美術には明るいんでしょうね。当然『さまよえる人々』の農村描写では、ブリューゲルをはじめとするフランドルの画家の作品を十分に参考にしたはずです。ブリューゲル父子の描く、素朴で緻密な絵が好きな人は、この映画を観るとすごく楽しめると思います。

 この映画では、異教徒たちが運んでいた巨大な聖像を村外れの丘の上に配置することで、単なる写実ではなく、シュールレアリスティックな舞台装置を作ることに成功しています。(こうした幻想的な風景が、またブリューゲルを連想させます。)聖像が雨に打たれ、土埃にまみれ、苔生して行く様子を随所にインサートして、農村の四季の移り変わりや年月を表現しています。聖像は何も語りませんが、丘の上から村を見下ろし、すべての事件を見通す「真実の目撃者」としての役割を与えられているようにも見えます。謎めいた吟遊詩人カンパネリが、聖像の声を代弁しているのでしょう。

 異教徒と地主の妻の不義によって生れた子供が、新しい当主の妻と駆け落ちして子供が産まれるという因縁めいた物語です。意地悪な若い当主と「オランダ人」は、よく考えてみると異父兄弟なんですよね。海岸でふたりに追いついた若い当主が主人公を溺死させようとするのは、兄による弟殺しなわけです。

 この映画のキャスト表を見ると、主人公の「オランダ人」以外にも、多くの人が名無しであることに気付きます。吟遊詩人のカンパネリ、地主のネトルネック、主人公の恋人となる若き当主の妻ロッテなどには名がありますが、若い当主は「ネトルネックの息子」としか書いてないし、主人公の母親も「ダッチマンの母親」としか書いていない。ほとんどの人は「○○の××」という、他人との関係性や、「スペイン人」「小男」「牧師」などの属性で説明されている。なんとなく象徴的です。


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