カルラの歌

1997/08/28 ヘラルド映画試写室
『大地と自由』のケン・ローチが描くニカラグア内戦の真実。
主演のロバート・カーライルは後半で影が薄い。by K. Hattori



 ケン・ローチの映画は『ケス』と『レディバード・レディバード』しか観ていないのですが、この2本に比べるとちょいとレベルが落ちる映画。スペイン内戦を扱った『大地と自由』を観ていればまた評価が違うのかもしれませんが、生憎と観逃しているのも判断が揺れる原因。中米に誕生した社会主義政権を弾圧すべく、極右ゲリラを不法に支援するアメリカ政府を名指しで批判している映画ですが、同じような状況を描いた映画なら、エルサルバドルに対するアメリカの政策を非難した、オリバー・ストーンの『サルバドル/遥かなる日々』の方が力強い映画だと思う。オリバー・ストーンについては好き嫌いがあると思いますが、こと『サルバドル』に関していえば、ストーン監督のねちっこい演出が図に当たって、身震いするぐらい凄惨な政治映画になっています。

 アメリカ人であるオリバー・ストーンが、『サルバドル』の中で声をからして「アメリカ政府はクソッたれだ!」と叫び続けているのに比べると、『カルラの歌』のケン・ローチは遠慮がちで声の通りが悪い。2時間と少しの映画で、前半部が英国グラスゴーでの物語、後半部がニカラグアでの物語になっていますが、映画としては前半の方がうまくまとまっていて味がある。ドラマや物語のメッセージが核心に入って行く後半部は、どうも及び腰で、描写に力がないような気がします。

 カルラが昔の恋人アントニオを探す部分はミステリー風の筋運びになっていますが、人々がアントニオの所在を隠す理由が最後までよくわからず、この仕掛けは不発に終わっています。スコット・グレンが演ずる人権団体のボランティア職員ブラッドリーが、過去にCIAのエージェントとしてニカラグアの極右ゲリラを指揮していたというくだりも、あまりショッキングな感じがしなかった。ロバート・カーライル演ずるジョージは、途中から完全に物語の外側に弾き飛ばされ、物語世界の案内人という役目さえはたせなくなってしまう。この後半部のバラバラな印象は、要するにケン・ローチ自身がこの物語を消化しきれなかった結果だと思う。

 この映画の最初の脚本を書いたポール・ラヴァティは元グラスゴーの弁護士ですが、80年代半ばに2年半ほどニカラグアで人権団体の仕事をしていた経験があるそうです。ラヴァティから持ち込まれた原稿を見たケン・ローチは、「何とかして英語を話す人物を物語の中心に持ってこられないか」と考えた。なるほど。つまり大胆に言い切ってしまえば、映画の前半はケン・ローチの脚本、後半はポール・ラヴァティの脚本とも考えられます。

 ケン・ローチは『レディバード・レディバード』で、福祉局に子どもを取り上げられる母親の怒りを、ストレートにフィルムに焼き付けた監督です。ニカラグアの内戦に自分なりの怒りが感じられれば、それをきちんと映画に仕上げられる人だと思う。でもこの映画を観る限り、ケン・ローチはニカラグアに関して「自分の怒り」を持ち得なかったようです。そこが弱さでしょう。


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