ミクロコスモス

1997/08/26 TCC試写室
草原の中に住む小動物たちの生態を描くドキュメンタリー。
驚異的な接写が生み出した芸術品です。by K. Hattori



 草原の草むらの中に暮らす小さな昆虫たちの生態を、丹念なクローズアップ撮影でとらえたドキュメンタリー映画。もっともこれは、動物の生態を記録した教育映画や、地球環境保全を訴えた環境映画ではない。一番この映画に近いのは、リュック・ベッソン監督の海洋ドキュメンタリー映画『アトランティス』でしょう。冒頭のナレーションを除き、全編映像と効果音と音楽だけで構成しているのも似ています。『アトランティス』も『ミクロコスモス』もフランス映画なんですが、フランスにはこうしたネイチャードキュメントを商用映画として許容できる、観客側のキャパシティがあるんですね。この映画はフランスとベルギーで、映画興行ランキングの1位になったこともあるヒット作です。日本では有楽町スバル座とシネマ・カリテの2館で公開。『アトランティス』の時も、アート系の劇場(スバル座)で単館公開だったし、映画文化の彼我の差を感じます。

 ちなみに、『アトランティス』で日本語字幕を担当したのは松任谷由実。『ミクロコスモス』の日本語字幕は椎名誠。こうした翻訳者のネームバリューで宣伝しようという姿勢も、両映画に共通してますね。と、ここまで書いていたら、ちょうど配給元のKUZUIエンタープライズから電話がありました。聞いてみたら、『アトランティス』もKUZUIの配給だったそうです。なるほどそれで手法が同じなんだ。ま、そうするしか宣伝材料がないから、無理もないような気がしますけど……。もっともこれはフランスでも似たようなもので、『アトランティス』はリュック・ベッソンのネームバリュー、『ミクロコスモス』は製作者ジャック・ペランのネームバリューが大きかったのではないかと思われます。

 僕はこういう映画が嫌いじゃありません。テレビで動物のドキュメンタリーをやっていると、食い入るように見ている方ですからね。ただ、そうした「教養番組」につきものの、ナレーションによる解説がない分、この映画は「知的好奇心」に訴える部分が少ない。これは作り手の側も十分に意識してそうした手法をとっているのでしょう。この映画を通して何かを学ばせるより、この映画から何かを「感じる」させることを狙った作品だと思いました。徹底的に昆虫たちの視点に立った映像は、まるで観ているこちらまで虫たちになったような気にさせてくれます。昆虫の手足に生えている細かな繊毛まで捉えたミクロ的な視点に、空撮やクレーンを使ったマクロの視点が挿入されることで生み出されるダイナミズム。この映画からは、我々人間の目の高さからの映像が意図的に抜き去られているのです。

 人間の感覚を遥かに越えた、巨大なマクロ的視野と、蝶やカマキリなどの小動物に瞬時に感覚を移す、ミクロ的視野のダイナミックな交感は、観る人にめまいを起こさせます。この印象に一番近いのは、中国の古典「荘子」かもしれません。フランスは実存主義の国だから、両者に共通項はあるのかもね……。


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