私たちが好きだったこと

1997/08/22 東映試写室
原作に惚れ込んだ岸谷五朗が、自ら企画し主演した作品。
共演は夏川結衣、寺脇康文、鷲尾いさ子。by K. Hattori



 公団マンションに同居することになった男女4人の、友情と恋とそれぞれの夢の行方を描いたドラマ。20代後半から30代という、「青春」と呼ぶには少しトウの立った登場人物たちの姿に、同世代の僕は大いに共感してしまった。原作は宮本輝の同名小説。脚本は野沢尚。監督は松岡錠司。出演は岸谷五朗、夏川結衣、寺脇康文、鷲尾いさ子。マンションのリビングルームで物語の大半が進行するため、ちょっと舞台劇みたいな面白さもある。筋立てや仕掛けで驚かせたり感動させたりする映画ではなく、役者たちの芝居で見せる映画です。同じSET出身の岸谷五朗と寺脇康文が息の合った芝居を見せ、夏川と鷲尾の芝居を受け止めています。4人以外の脇の人物も、藤田弓子だったり田口トモロヲだったり、とにかく芸達者な人たちで固めてます。うまいもんです。

 岸谷と寺脇の持ち味のせいなのか、お芝居が軽く流れてしまう点も多々あります。それが映画全体の軽やかさやオシャレっぽさを出してもいるのですが、内容を考えると、中盤以降はもっとギリギリ芝居を練り上げていった方がよかったようにも思う。愛子(夏川結衣)の母親が突然マンションを訪れる場面がありますが、このエピソードが軽く流れてしまうため、後半のやるせなさが多少そがれている。鷲尾いさ子の不倫の話も、もう少し重くした方がよかった。でないと、寺脇の「別れる」という言葉に説得力がない。これらの場面は岸谷や寺脇の芝居の力でしのいでいますが、前段階でのウェイトのかけ方で、この何倍もよくなったと思います。

 4人が同居を始めるまでを、くだくだしく説明しないのはいい。日本には「ルームメイト」という制度がなかなか根づかないのですが、この映画はそのあたりを急ぎ足で語って、強引に物語の前提を成立させてしまう。観客に考えさせる余地を与えないスピード感に感心しましたが、これは前記した岸谷と寺脇の持ち味が生きた場面です。ベランダに追いやられた男二人の会話が、なかなかいい味を出してます。これだけで、この同居生活を成り立たせてしまうのだから大した物です。

 恋人の気持ちが自分から離れて行くことを感じつつ、それを押しとどめることのできない男の優しさ。この映画の岸谷五朗の立場は辛いけど、似たような経験を持つ男は多いことでしょう。僕にもある。彼の立場にはすごく同情しますが、しかし映画を観ていてもそれ以上の感情は持てなかった。それがこの映画の限界かな。岸谷五朗には、もっともっと悩んでほしかった。相手への思いやりと自分のエゴとの間で揺れ動いて、にっちもさっちも行かなくなってほしかった。それでこそ、恋人が別の男と会っていることが許せなくて、怒りが爆発するんじゃないだろうか。このへんは演技の質の問題で、脚本云々じゃないんだ。岸谷五朗が寺脇に「俺は今、振られかけている」と言ったとき、その言葉の裏側に岸谷の苦しみが透けてこないんだよね。この場面は大事だと思うんですけど、やっぱりちょっと軽いんだよな。


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