浮き雲

1997/06/27 TCC試写室
アキ・カウリスマキが盟友マッティ・ペロンパーに捧げた心温まる映画。
成瀬巳喜男の名作『浮雲』とは関係ないです。by K. Hattori



 観終わってとっても幸せになれる映画。アキ・カウリスマキ監督の映画を観るのは今回が初めてだったのですが、「地味な映画なのではないか」という予想に反してとても楽しめました。画面の色調にとても特徴があって、どの場面も絵はがきのように美しい構図とデザインになっています。ゆったりしたテンポが心地よく、僕は最初の10分で映画の中に引き込まれました。登場する俳優たちも美男美女という人はひとりもいないんですが、皆とても人間味あふれる魅力的な人物に描かれている。派手なエピソードや大げさなアクションシーンはないけれど、中身はきちんとドラマチックになっているのです。

 夫婦がそろって失業し、職を求めて足を棒にする場面には思わず過度の感情移入をしてしまいました。僕も何年か前に職探しに数ヶ月を費やしたことがあり、書類を送っては差し戻され、面接を受けては断られるという経験をしてるんです。意気揚々と出かけていって、結果が思わしくないと、どんどん自分に対する自信がなくなってきます。ロシアへの長距離バス運転手の職が見つかり、颯爽と出かけていったラウリが、しょぼしょぼと肩をすくめて帰ってくる場面には胸が締め付けられました。あんまり不幸で、観ているこちらは力なく笑うのが精一杯。安食堂に就職したイロナが我が身を嘆き、その肩をラウリが抱きしめてあげる場面も切なかった。

 とにかく主人公たちがどんどん不幸になって行くのだ。終盤でほんの小さな希望が見えたと思った時、そこからさらに不幸に突き落とすんだからたまらない。なけなしの金をカジノですって一文無しになったふたり。それでもしっかりと結び付けられている夫婦二人の絆が、痛ましくも温かい。カラーテレビを購入するところから話が始まり、それが古ぼけた白黒テレビになり、ラジオになることで、生活の苦しさを見せる演出もいい。夫婦二人の生活だけど、かつて二人の間に子供がいたことを、さりげなく描いているのもよかった。

 物語は最後の数十分で急転直下ハッピーエンドを迎えるのですが、これも最後の最後まで観る者をハラハラさせます。それまでずっと不幸で「不幸ぐせ」がついてしまった主人公たちです。何をやっても成功するはずがないのではないか、という気に観る者はなっているし、主人公たちもそうした不安をひしひしと感じている。はたして「やはり駄目か……」と思ったその瞬間から5分後、主人公たちの人生は大逆転します。この無言の高揚感。最高にハッピーな気分になって、思わず涙がこぼれます。

 イロナ役のカティ・オウティネン、ラウリ役のカリ・ヴァーナネンをはじめ、登場する役者たちが皆抜群に上手い。台詞の少ない映画なのですが、役者たちの発散する空気が確実にフィルムに定着されています。素敵なエピソードはたくさんあるのですが、酒浸りの料理人ラユネンをめぐるお話がとくに面白い。アル中患者の治療施設から出てきたラユネンが、仲間たちとガッチリ固い握手を交わす場面はかっこよかったなぁ。


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