百合の伝説
シモンとヴァリエ

1997/06/13 松竹第二試写室
女性役も含め出演者が全員男という歌舞伎状態のキャスティング。
面白いアイデアだけど映画としてはもうひとつ。by K. Hattori



 受刑者の告解に刑務所を訪れた司教が、受刑者たちに告解室に閉じ込められ、逆に自分の罪を告白させられてしまうという話。小さな礼拝堂をステージに見立て、司教の目の前で彼の若い頃の物語を演じてみせるという趣向が面白い。刑務所の中だから、出演者は女性の役も含めて全員が男。舞台劇という空間で、男が女にかわり、お芝居は現実とオーバーラップしてくる。これは映画よりも舞台劇向きのアイデアだろうと思ったら、案の定、この映画の原作は舞台劇だった。これは舞台劇で観た方が、たぶん絶対に面白いアイデアだと思う。

 映画ではオリジナルの戯曲「リリーズ」を書いたミシェル・マーク・ブシャルドが映画用の脚本を担当しているのですが、物語が映画としてこなれていないように思います。もちろん映像的に映画でしかできない表現は使われているのですが、むしろ舞台劇の制約がなくなった分、映画は損をしているような気がします。舞台上でこの物語を演じると、受刑者たちがありあわせの道具を使って舞台劇を作って行く過程や、芝居と現実が行き来する状態などが、もっと生々しく伝わってくるのでしょう。

 映画ではカメラがいくらでも外に出られるから、舞台が現実のものとして輝きはじめる瞬間を、芝居小屋での演出ほど有効に描き出すことができない。映画では芝居が現実にオーバーラップしはじめる様子を、セットや衣装の変化とロケーション撮影で表現していましたが、舞台劇に比べると、これはあまりにも即物的な変化だと思います。むしろ中盤まではカメラを刑務所内に固定して、途中から思い切って外に出すなどした方が効果的だったかも知れません。

 1996年製作のカナダ映画で、この年のカナダ・アカデミー賞(ジニー賞)で、最優秀作品賞、最優秀美術賞、最優秀衣装賞、最優秀音響賞の4冠に輝いています。監督のジョン・グレイソンは日本でほとんど名前の知られていない人ですが、95年に日本でも公開された『ゼロ・ペイシェンス』というエイズ・ミュージカルの監督だった人だそうです。僕は幸運なことにこのミュージカルを観ているのですが、今回の『百合の伝説』との共通項は、両方とも同性愛をテーマにしているってことかな。監督はまだ30代ですが、きちんとキャリアを積んだ人だから、芝居の演出なども堂々としています。

 ハリウッド作品では馴染みのない顔ぶればかりが登場している映画ですが、みんな上手いです。特に老受刑者シモンを演じたオーバート・パラッシオと、老司教ビロドーを演じたマーセル・サボーリンの年輪を経た芝居には風格があります。若い日のシモン役ジェイソン・カデューは、ちょっとピーター・ギャラガーに似た感じの顔立ちです。悲運なヴァリエを演じたダニー・ギルモアも、これからの注目株かもしれません。でも何といっても素晴らしかったのは、ド・ティリー伯爵夫人を演じたブレント・カーヴァー。『蜘蛛女のキス』でトニー賞を受けたこともある実力派だそうで、さすがに貫禄十分です。


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