眠る男

1997/05/04 有楽町朝日ホール
(日映協フィルムフェスティバル'97)
群馬県が小栗康平に作らせた県民映画。いいのか、これで?
つまらなくはないけど二度とは観ないだろう。by K. Hattori



 昨年度のキネ旬ベスト10で3位になった映画。監督は小栗康平。群馬県が人口200万人突破を記念して製作した映画だ。こうした形で、地方自治体が映画を製作するのは、日本でも初めての試みだそうだ。僕はそれより、「ニフティの会員数は230万人だから、群馬県全体より多いんだ……」と、そんなことを考えていた。映画に関係ない話ですけどね。

 川沿いの小さな町を舞台に、そこで暮らす人々、その町を通りすぎて行く人々を淡々と描いています。タイトルにもなっている「眠る男」は、山で事故に遭って以来、意識不明で眠りつづけている男のこと。映画はこの男同様、ほとんど物語が動くことなく、ゆっくりゆっくりと先に進んで行く。キネ旬の決算特別号に載っている、出演者や監督のインタビューなどを見ると、どうもこの映画は人物中心の物語ではなく、この町の風景そのものを描くことが目的だったようです。なるほど、そう言われてみればそうかもしれない。

 筋立てなどに関しても特に難解な映画ではないけれど、決して娯楽性の高い映画ではない。金を出した群馬県は、この映画のできに満足しているんだろうか。群馬県民は、この映画を「自分たちの映画だ」と実感できるんだろうか。ひょっとしたら、小栗康平に『泥の河』のようなわかりやすい、それでいて叙情的な映画を撮ってもらいたかったんじゃないだろうか。でき上がった映画を観て、「こんなはずでは」と思わなかったんだろうか。まぁキネ旬で3位になったのはひとつの好意的な結果だし、作品として完成度の高いものに仕上がっているけど、この映画を「もう1度観るか?」とたずねられたら、僕は「1度観ればそれで十分」と答えるでしょうね。

 風景がきれいに撮れているのは確かだし、現代の日本を描きながら、古くからある日本人の精神性みたいなものも、面白く織り込まれていたと思う。町のそこかしこに、今でも精霊が息づいているような景色。水車小屋の老人、山の中の廃屋、スナック「メナム」の女たち、河原の温泉、眠る男の鼻から飛び出したアブ、魂を呼び戻すために鍋釜を叩く人々など、印象的なエピソードは多い。でもこうしたエピソードはすべて、ゆったりとした映画のリズムと町の風景の中に溶け込み、明確な輪郭を失ってしまう。でき上がった映画は、立体的な彫刻ではなく、微細な装飾や模様を織り込んだ、巨大なタペストリーのような平面性を保っている。

 この映画の場合、主演俳優って誰なんだろう。眠る男を演じているのは、韓国の大スター安聖基(アン・ソンギ)。ただ寝ているだけで役所広司をしのぐ存在感を見せるのだから、これはすごい。ほとんどロケのようにも見えた映画ですが、水車小屋のセットはすごかった。頻繁に登場する月の映像も印象に残ります。結果としてほとんど何も事件が起こらない映画ですが、映像のひとつひとつに力があるから、観ていて眠くなることはない。『眠る男』観て眠ったんじゃしゃれにならないけどね。


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