ザ・エージェント

1997/04/18 九段会館大ホール
(DCスペシャル・プレビュー)
『シングルス』のキャメロン・クロウ最新作はトム・クルーズ主演の大作。
原題の「Jerry Maguire」はいいタイトルです。by K. Hattori



 トム・クルーズ主演のハリウッド映画ですが、映画の作りやタッチがいわゆるハリウッド大作めかしていない。全編にあふれる軽くしゃれたセンスは、監督キャメロン・クロウの持ち味でしょう。クロウ監督の前作『シングルス』が「大好き!」と言う映画ファンは多いはず。『シングルス』もブリジット・フォンダやマット・ディロン、キャンベル・スコット、キーラ・セジウィックなど、ハリウッドの中堅若手スターを多数キャスティングしながら、軽妙洒脱な「粋」を感じさせる傑作でしたよね。(まだ観てない人はビデオでチェックだ!)

 『ザ・エージェント』も、オープニングからテンポよくエピソードをつないで行くスピード感がたまらない。普通の監督が30分かけて描くエピソードを、素早く10分ぐらいで描いてしまう感じです。クロウ監督はこの映画が3作目。1989年に『セイ・エニシング』で監督デビューし、92年に『シングルス』、そして本作ですから、3〜4年に1本しか映画を撮らない寡作の映画作家です。もちろん脚本も全部自分で書いています。

 キャメロン・クロウらしさという点では、映画の前半がとくに面白いと思いました。終盤はなんとなく「普通の」ハリウッド映画風になってしまいますが、それも水準以上の出来です。大作映画になると個人の持ち味ってのは薄まってしまうのかと思わせておいて、最後のオチのとぼけた味わいは「やっぱり『シングルス』の監督だわい」とニヤリ。主人公ジェリー・マグアイアを演じたトム・クルーズも、大仰なスーパースターではなく、裏方のスポーツ・エージェントを等身大に描いて好感度アップ。オスカーが取れなかったのは残念でしたが、この映画が彼の役者としてのベストであることは間違いないでしょう。じつに充実したいい芝居です。

 脇役ひとりひとりまでキャラクター造形の目が行き届いていて、生々しい人間臭さを発散しています。ヒロインのドロシーを演じたレニー・ゼルウィガーや、この映画の演技でオスカー受賞のキューバ・グッティングJR.などが素晴らしかったのは当然ですが、僕が一番気に入ったのは、ボニー・ハント扮するドロシーのお姉さんローレル。妹の恋を応援したいんだか邪魔したいんだか、それもこれも妹の身を思えばこその助言であり小言なのです。ジェリーと食事に出かけるドロシーに「デートの前に泣くなんて。泣くのはデートの後よ」ときつい一言。肉親として妹を思いやる気持ちを人一倍持ちながら、少し離れた第三者的な距離を保った態度が素敵なんです。

 『シングルス』がそうだったように、この映画を観た人は登場人物の誰も彼もが大好きになるはず。敵役の後輩エージェントや、ジェリーの元恋人ですら愛情を込めて描かれています。日常生活の中に生まれる何気ない感情のひだや、時として突飛に見える人間の行動を子細に観察する監督の視線は新鮮で、大味なハリウッド映画に慣れきった目からうろこが落ちること請け合い。できるだけたくさんの人に観てもらいたい映画です。


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