待って居た男

1997/03/01 文芸坐2
山田五十鈴扮する女銭形平次を、後の銭形役者・長谷川一夫が助ける。
昭和17年にマキノ正博監督が撮った娯楽時代劇。by K. Hattori



 監督がマキノ正博、脚本が小國英雄、主演が長谷川一夫と山田五十鈴、作られたのが『昨日消えた男』の翌年でタイトルは『待って居た男』とあって、僕はてっきりこの映画を『昨日消えた男』の続編なのかと思ってました。映画が始まってタイトルが映し出され、配役表が出てくると、長谷川の役名が『昨日消えた男』と同じ「文吉」なんだよね。ところが同じなのはそこまでで、あとは全然違う話。文吉は市井に身をやつすお奉行さまではなくて、江戸でお上の御用を務める腕利きの目明かし。親方の娘と所帯を持って、骨休めの温泉旅行に来ているところで事件に出くわす話です。

 温泉場の旅館が舞台なのですが、なぜ温泉かという理由がマキノ監督の自伝「映画渡世」に書いてあります。『食うものもだんだん悪くなってきたし、腹がへってはいくさが出来んから、食い物がたっぷりあって時代劇の撮れる温泉でロケもセットも上げよう』。昭和17当時、都市部の食糧事情が徐々に悪くなってきていたこと、田舎にいけばまだたっぷり食べられたことがこれでわかります。戦争というと日本中が飢えていたように感じますが、どうも戦争が終るまで、田舎にはたっぷり食べ物があったみたいですね。当時は流通が統制されていたから、田舎の食料が都市部まで行き渡らなかった。それが都市が飢えた原因です。映画を観ると、そんなこともわかる。

 映画の後半から榎本健一扮する地元の目明かし金太が登場し、これがなかなかに笑いを誘います。居丈高に振るまう地元の親分なのだが、探偵としての能力はからきしなし。捕物帳には必ず出てくる「無能な敵役」のステレオタイプを押さえつつ、軽やかな身のこなしと妙に謙虚で腰の低い態度が同居した、魅力的な人物に仕上がってます。文吉から手がかりやヒントを少しずつ教えてもらうたびに、ものすごく丁寧に礼を言うんですね。最後は文吉に完全にしゃっぽを脱いで、素直に彼の教えを請いますし。ところで、金太という役名は、エノケンが主演した『ちゃっきり金太』からの引用なのかしら。

 「映画渡世」にはこのエノケンを巡るちょっといい話も載っていました。以下、撮影開始前にエノケンがマキノ監督に言った(とされる)台詞です。『わたしゃね、あんたと一緒にやれる仕事だということで、手当ては千円にまけてやった。会社は喜びやがってね。で、その代わり、現金を前金でよこせと言ったらね−−直ぐここへ持って来た。これで皆にうまいものを食わせたい』。く〜、かっちょいい。この意気にかんじて、マキノ監督、長谷川一夫、山田五十鈴なども遊興費を供出。『和気あいあい、幸先のいいスタート』になったという。

 映画からはそんな現場の楽しい雰囲気が伝わってくるようです。気心の知れた監督やスタッフが、ひとつ屋根の下同じ釜の飯を食って、家族的な雰囲気の中で仕事をした結果でしょう。謎解きミステリーとしては『昨日消えた男』の方が面白いんですが、映画の楽しさという点ではこの映画の方が勝っています。


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