レオン
完全版

1996/12/31 銀座テアトル西友
隣の席の男は感動して涙ぐんでたみたいだけど僕は興醒め。
物語を言い訳がましく台詞で説明するな! by K. Hattori



 最初の劇場公開の時、さんざん期待した割には楽しめなかった映画が、未公開部分を追加した新編集で再登場。どうせつまらないだろうと心して劇場に行ったため、失望はせずに済んだ。結論として言えば、この映画は長かろうが短かろうがやはりつまらない。追加された未公開部分は、オリジナル版を掘り下げることなく、ただ説明を増やしただけ。ただでさえ説明調の映画が、ますます説明っぽくなって白けることおびただしい。

 映画の中盤に出てくるマチルダとレオンの会話がある。「私はもう大人よ。あとは年をとってゆくだけ」「俺は逆だ。年だけは取ったが、これから大人になる」。二人の関係や物語を象徴的に表わしている台詞。だけどこの映画って、結局この台詞から一歩も踏み出していないんだよね。だとしたら、こんな台詞はしゃべらせてはいけない。隠しておかなくちゃ。かように、この映画は二人のキャラクターや関係を言葉で説明しすぎなのだ。結果として、中心になる二人の人物像は、台詞が示す範囲から外に広がらない。むしろ、悪徳警官ゲイリー・オールドマンや、ダニー・アイエロ演ずるトニーの方が、謎めいている分だけ魅力的になっている。

 完全版で増えた場面は、レオンとマチルダが二人組で仕事をする場面、レストランで食事をする場面、二人が同じベッドで寝る場面、レオンが自分の過去を語る場面などでしょうか。これらのどのシーンも、二人の関係に新しい何かを付け加えてはいない。オリジナル版で既に描かれているものを、補強しているだけです。特にレオンの過去が描かれたことで、随分と安っぽくなってしまったな。トニーが「お前は以前女でひどい目にあっている」と警告する場面はオリジナル版にもあったけど、僕はこれを、レオンと母親との関係だろうと思っていたわけです。それが今回、レオンの若い日の純愛話だってことが明かされる。レオンはそれを理由にして、マチルダを抱くことを拒むんだよね。でもこれは誤魔化しだ。

 レオンとマチルダの関係ってのは、この映画の大きなテーマです。二人は親子のような関係なのか、それとも恋人同士なのか。ベッソン監督は、12歳の少女と中年男の恋愛を描けば面白いと思ったんでしょうね。問題なのは、ベッソン自身がそんな恋愛の存在を信じていないこと。自分がレオンとマチルダの間にある恋愛感情を信じられないから、二人の関係は結局最後まで曖昧なままにして逃げてしまう。監督自身の中に、こうした関係に対する拒否感があるのです。だから、レオンと昔の恋人の関係を出したりして、二人が決定的な一線を超えないように牽制する。及び腰です、逃げ腰です。

 ベッソン監督の『ニキータ』が傑作だったのは、あの映画が肝心なところを台詞ではなく、映画自身の力で乗り切っているからです。。ベッソンはアンヌ・パリローに惚れてたから、説明に言葉はいらなかったんだよね。監督自身、自分の気持ちを信じてたからこそ『ニキータ』が作れた。だが『レオン』は言葉に頼っている。


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