「エロ事師たち」より
人類学入門

1996/11/16 並木座
昔と今で商売の様子は変わっても、人間の欲望は似たり寄ったり。
昭和41年の日活作品。監督は今村昌平。by K. Hattori


 身過ぎ世過ぎに始めたエロ商売に、いつしか取り付かれたようにのめり込んでゆく主人公の姿が、滑稽でもあり、哀れでもあり、雄々しくもあり……。主人公を演じる小沢昭一が、抜群の上手さと存在感で、有無を言わさぬ説得力ある芝居をしている。最近ほとんど映画やテレビに出てこなくなりましたが、すごい役者ですね。下宿先の年上の後家さんと深い仲になって夫婦同然の暮らしを始め、やがて中学生に成長した義娘とも関係してしまうという業の深い男。それを小沢が演じると不思議と生臭くならないんです。

 稼業のエロ商売に対しても自信と誇りのようなものを持っているらしく、徐々に採算を度外視した仕事にはまり込む職人かたぎの男です。エロという通俗の極みのような世界で衣食しながら、最後は「俗」を極めて「聖」に至ってしまうような、不思議な話でした。観客は主人公の俗物ぶりに半ば辟易としながら、彼の言動から目を離せない。それは物語展開の面白さというのももちろんあるんだけど、「決して堅気にはなるまい、エロの世界で生き抜こう」という彼の心意気のようなものが、妙に気持ちいいってこともあるんです。主人公たちが嬉々としてエロ商売に精出している様子は、見ていて痛快です。

 エロ事師とは、エロ本、エロ写真、エロテープ、エロ8ミリの製作販売から、売春の斡旋、乱交パーティーの主催に至る、ありとあらゆるセックスビジネスを生業としている男たちのことです。彼らは世間の裏側の非合法な部分を住みかとしているのが特徴で、赤線など(当時は)合法的なセックス産業とは一線を引いています。エロ8ミリってのは、いわゆるブルーフィルムってやつでしょうか。映画には上映即売の様子が描かれていますが、上映している最中、主人公がのべつフィルムの内容を解説しているのが面白かった。この8ミリ映画には、音が入っていないんですね。

 8ミリは基本的に複製が出来ないので、販売用のフィルムを作るときは最初から複数台のカメラを連結して撮影する。小型の8ミリカメラを横に8台連結させたものを2組用意し、撮影現場では二人の人間が同時にカメラを回すのだ。これには驚いた。

 エロ8ミリに出演する父娘のエピソードがすごく印象的です。男は知恵遅れの自分の娘と肉体関係があるんですが、それは女だと思って抱いているのではなく、母親が赤ん坊に乳をやるのと同じことで、可愛がってやっているだけなんだって言うんですよね。主人公はその話を聞いてもうんざりした顔をしているんですが、その後自分も愛人の娘と深い仲になってしまうんだから、他人のことはとやかく言えない。

 映画の後半は主人公とこの母娘の三角関係が全体を引っ張ってゆくのかと思わせておいて、出し抜けに主人公がインポになってしまう肩透かし。しかし主人公をインポのエロ事師に設定したことで、人間の持っている欲望の澱を見事に描き切ることができるのだ。


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