錨を上げて

1996/06/27 銀座文化劇場
シナトラとジーン・ケリー主演の水兵もの。内容は『踊る大紐育』に劣るが、
見せ場はいくつかあるので見逃せない。by K. Hattori


 ジーン・ケリーとシナトラが4日間の休暇をもらった水兵を演じるミュージカル。共演は『ショウ・ボート』のキャサリン・グレイスン。2時間を超える大作映画で、アメリカでの公開は1945年7月。劇中ケリーとシナトラが軍功をたたえられて勲章を贈られますが、この時戦っていた相手は日本しか残っていないんだよね。映画の製作者たちにとって、50年後に日本人がこの映画を観ることなんて、当時はまさか想定していなかったに違いない。ちょっと複雑な心境です。

 配役といいスケールといい豪華な、いかにもお金をかけた作品だってことはわかるんだけど、ストーリーにはまとまりがなく粗雑な印象を受ける。話の辻褄が合わないところもチラホラ。4日間の休暇という時間制限が、物語の進展にあまり影響を及ぼしていないことも物足りない。この辺りは『踊る大紐育』の方がうまかった。

 人物の造形も粗削りで、ケリーは絵に描いたようなプレイボーイ、シナトラはこれまた絵に描いたようなはにかみ屋。グレイスン演ずるヒロインに僕はどうしても好感が持てないんだけど、これは彼女の生活がきちんと書けていないからじゃないかな。出会いのきっかけとなったグレイスンの甥っ子が、物語の中で出たり入ったりするのも気になる。シナトラの恋人になるブルックリン出身のウェイトレスなんて、物語の終盤で突然登場するから驚くよね。

 MGMの指揮者としてホセ・イツルビという人物が登場していますけど、この人って何者でしょうか。ピアノを弾くシーンがやたらと多いんですけど、きっと50年前には有名人だったんでしょうね。使われ方としては完全なゲスト扱い。『上流社会』のサッチモみたいなもんです。最後で少し物語に絡むぐらいで、あとはスタジオ風景の一部だもんなぁ。

 結局この映画って、一種の慰問映画なんでしょうね。主人公たちが兵隊というのもそうだけど、スター俳優たちが自分たちの得意の芸を次々披露するというスタイルが、いかにもそれ風です。これは物語より、芸を見せる映画ですね。そう考えると、中で歌われる曲の雰囲気がてんでバラバラなことも、物語の中に不意に歌や踊りや演奏が挿入されることも不思議ではない。

 この映画の中で見所は3ヶ所。まずはジーン・ケリーがねずみのジェリーと踊る、有名なアニメとの合成場面。2番目はケリーがグレイスンに愛を告白する場面の、ダイナミックなダンスとスタントマン顔負けのアクション。3番目はイツルビの好意でグレイスンがカメラテストを受ける場面で、スタジオの内部を縦横に動き回るカメラ。これらのシーンは単なるスターの持ち芸披露を超えて、映画としての創意と工夫に満ちた力強い場面になっていると思う。


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