(ハル)

1996/04/04 有楽町スバル座
パソコン通信を題材にしたラブストーリー。主演は深津絵里。
これ観てパソ通を誤解する人が増えそうだなぁ。by K. Hattori


 パソコン通信を何年もやっている人間から見ると、パソ通未体験者にこれで内容が伝わっているのかが若干案じられるが、僕にとってはそれを調査するすべがないので、ここは「僕にとってはすごく面白い映画だった」という評価に留めておく。冒頭でハンドル名を入力する場面から画面に引き込まれ、あれよあれよという間に映画はクライマックスに達していた。全体の半分近くが文字列だけで進行して行く構成だが、それを苦しく感じさせないのは見事。何よりパソコン通信という新しい舞台の上で、ちゃんとボーイ・ミーツ・ガールの物語を作っているところは感心した。男と女が出会って、最初は恋愛を意識しないまま親しくなって、何度か事件があって互いがものすごく必要な存在に変わり、終盤で仲違いの末に最後はハッピーエンディングってのは、恋愛映画の定石じゃありませんか。

 この映画がパソ通ユーザーに響くのは、「通信画面の向こう側にいる人間の存在」や「コミュニケーションの道具としてのパソコン」という部分がきちんと描かれているからでしょうね。『(ハル)』というタイトルは主人公のハンドル名という以前に、観客に『2001年宇宙の旅』に登場するコンピュータの名前を連想させますが、この映画で登場人物達が会話を交わしているのは血の通わない人工知能ではない生身の人間なんです。映画を観ているうちに、観客は硬質なディスプレイの文字の向こうから伝わってくる人間の温かい感情を感じるようになるはずで、それは時折画面に挿入される電光ニュースの冷たい文字と対比的に描かれている。

 (ほし)と(ハル)の出会いを、じつにうまく組み立ててあることにも注目。パソ通で男を装う(ほし)のキャラクターは、「男に見せよう」という気負いからか幾分乱暴で無神経で失礼な文体になっている。僕ならこんな人とメール交換しない。でも(ハル)はパソ通初心者で、誰かとコミュニケーション出来ることが面白くてしょうがない時期だから、それも気にしないのです。

 互いに少しずつ気負いがなくなり、大切な友人として認め合うようになる(ほし)と(ハル)。このまま淡々とラストまで行ってしまうのかと思わせておいて、映画ならではの大波乱。100万分の1の偶然が平気で起こるところが映画です。

 導入部からずっと固定されていたカメラは、(ほし)がつきまとう男に嘘をつく場面で少し揺れます。この映画では画面の揺れがそのまま主人公達の心の揺れを表している。その最たるものが、新幹線の場面でグラグラと揺れるカメラでしょう。(ローズ)のメールが画面に登場するといつもムーディーなBGMが流れるのもいい。画面の字幕が1カ所だけカラーになるのは「真赤な嘘」という洒落ですね。


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