マイ・フェア・レディ

1995/04/08 銀座文化
ヘプバーンの吹き替えがやはりどうしても気になってしょうがない。
劇場の大画面で観ると美点もアラもよくわかる。by K. Hattori



 御存じオードリー・ヘプバーン主演のミュージカル大作。アラン・ジェイ・ラーナーとフレデリック・ロウの音楽を、アカデミー賞常連の職人アンドレ・プレヴィンがスケール・アップ。この人、僕が知っているだけで、『マイ・フェア・レディ』を3回も録音しています。好きですねぇ。1度はもちろん映画のサウンドトラック。あとの2回はジャズにアレンジして、自分でピアノを弾いている。シャーリー・マンとの録音が有名ですね。これは脱線。

 セットも豪華、役者も一流、脚本はおそらく数あるミュージカル中でも完璧なもののひとつだし、音楽はもちろん最高。それでもこの作品はミュージカル映画としてはやっぱり二流なんだ。どこが悪いかは歴然としている。主演女優が完全にミスキャストだということが、この作品の致命的な欠陥となっているのだなぁ。

 この映画は、言葉をめぐる物語です。貧しい下町の花売り娘イライザのがさつな下町訛りを、音声学者ヒギンズ教授がいかにして矯正するかというのが物語の縦糸。いわば、言葉はこの映画のかくれた主役なのです。言葉はミュージカルで歌に替わります。感情の高まりとともにゆっくりとオーケストラの演奏が始まり、台詞と音楽がからまりあってヴァースが導かれ、やがてメロディが歌われだすと、観客はその美しさにうっとりと陶酔する。かように、ミュージカルにおける台詞と歌とは切り放せないのですね。

 ところがこの『マイ・フェア・レディ』では、主役イライザを演じたヘプバーンの歌がすべて吹き替えです。彼女の声を演じているのはマーニ・ニクソンという有名な歌手ですが、そんなことを知らなくたって、映画をよく観ていれば台詞と歌との分岐点がどこにあるのか一目瞭然でしょう。この不自然さによって、感情の高まりに同調していた観客の気持ちがはぐらかされてしまう。画面の中のイライザは、声と演技が分裂して、ちぐはぐな人物になってしまうんですね。

 例えば有名な「スペインの雨」から「踊り明かそう」にかけてのシークエンス。「スペインの雨はおもに平野に降る」という台詞をきれいに発音できたと驚喜するヒギンズ教授に、自分で驚きながら何度も「スペインの雨は〜」とつぶやくシーンの途中から、ヘプバーン自身の声は画面から消えてしまう。この不自然さ。以前テレビやビデオで見ていたときはあまり気にならなかったことも、映画館の大きな画面ではやたらと気になる。

 これに比べれば、イライザを演じるにしてはヘプバーンがご高齢であるなんてことは些細なことだ。30代半ばの彼女はとても二十の小娘には見えないが、その程度の図々しさも女優には必要でしょう。



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