スペインからの手紙
ベンポスタの子どもたち

1993/11/03 松竹セントラル3
ベンポスタ子供共和国に参加することで成長する子どもたち。
弟の成長を見守る兄との兄弟愛に感動。by K. Hattori



 僕も観ました。かなりメッセージ色の強い映画なのに、きちんと物語になっているのが偉いと思います。かなりイケル映画で、時々ホロリとさせるところもあったりするし、基本的に人の善意を信じているようなところも「ああ、松竹だなぁ」と思いました。嫌いな映画じゃありません。むしろぜーんぜん期待していなかっただけに、思いのほかイイ映画だったと思います。

 スペインでのガイドを演じていた原田知世がよかったと思います。少なくとも『水の旅人』の3倍はよかった。緒方直人は芝居が一本気で、まぁ役柄もあるんですけど、ちょっと単調でしたね。子役の男の子のふてくされた顔が印象的で、忘れられなかったりもします。

 1本の映画として観たときは、やっぱり最後のサーカスシーンでもっと盛り上げてほしかった。会場の制約などもあってカメラがほとんど移動できなかったんでしょうが、それにしても単調な絵が続くので、もう少し工夫してほしいところです。全体に悪くない映画だっただけに、ちょっと残念でした。

 P.S.
 松竹セントラル3で上映1週目に観たのですが、館内の客は10数人でした。もうすこし多くの人が観てもいい映画だと思うんだけどなぁ。『虹の橋』でもそうだったけど、日本映画ってやっぱりどこかオカシイよ!




 湾岸王さんは問う。「果たして、原田知世は輝いていたのでしょうか?」と。この問いに僕は応えねばならない。「そう。原田知世は輝いていた。ただしスペインでは」と。

 『スペインからの手紙』という映画の最大の欠点は湾岸王さん指摘のとおりです。僕は湾岸王さんの意見を全面的に支持してしまう。原田知世と緒方直人がいかにして恋仲になるかなどというエピソードは不要でしかない。こんなものは日本映画の悪しきサービス精神でしかないと思う。この映画のテーマは二人の兄弟の絆にあるわけで、兄のガールフレンド(原田知世)の登場はこの映画の焦点をぼやけさせてしまった。

 ただし、スペインでの通訳兼ガイドを演じていた原田知世はじつによい。原田知世という女優はどこか浮世離れしたイメージがあって、これは他の女優に比べてドライというか、クールというか、湿度が低いというか、サッパリサラサラというか、とにかくあまりべたべたした日常性を感じさせない稀有な存在なのですが、この彼女のキャラクターがスペインの風景にじつによく馴染んでいた。例えば『水の旅人』の中ではなんとなく居心地が悪そうにしていた彼女が、この映画の中ではじつに伸び伸びと自然に見えるのです。

 これは主人公の兄弟を迎えに出たファーストシーンからしてそうで、彼女が自己紹介したりテキパキと切符や車の手配をしたりする姿はじつに堂に入っている。違和感がない。白眉はベンポスタに入った初日に自己紹介を請われた良二が尻込みして何も言えなかったとき、彼のかわりにスペイン語でスピーチをするシーン。これなど他の女優が演じれば何となく鼻につく御節介やきに見えそうなものですが、原田知世はそれを楽々とクリアーしてしまう。これは彼女の演技力や演出の問題ではなく、彼女のキャラクターなのでしょうね。

 こんなに魅力的な原田知世も、ベンポスタの帰り道に立ち寄ったレストランで緒方直人の手に自分の手を重ねた瞬間から、通俗的でお約束どおりの展開に埋没してしまうのです。僕はたぶんこうした展開になると予想はしていましたが、このシーンはいかにもとってつけたようで、唐突すぎる印象を持ちました。原田知世が緒方直人に惹かれだすとすれば多分このシーンからなのでしょうが、このシーンに違和感を持ってしまった僕は、これ以降の二人の関係にずっと違和感を持ちつづけるはめになったのです。唐突さは緒方直人が帰国したあと、良二から受け取る手紙の中で夏子との文通が暴露されるシーンで最高潮に達します。緒方直人と原田知世の二人が、いったい手紙で何を語り合うというのでしょうか。

 原田知世が日本に帰ってからのシーンで、僕は彼女に何の魅力も感じないのです。鎌倉でのデートのくだりなどは物語の流れを阻害するものでしかないと思うし、展開も演出も当たり前で説明口調が過ぎる印象を持ちました。原田知世がスペインに渡ったいきさつなんか、この物語に何の関係もないんですものね。彼女と母親がなんとなく気まずくなっていたというエピソードも、緒方直人とその父親とのエピソードに反映するわけではないし、説明のための説明でしかなかったと思います。

 弟の良二がスペインで成長する。兄の緒方直人は郵便局勤務という日常の中でひたすら弟からの便りを待つ。それでいいじゃないか。この物語は弟の成長を願う兄と、その兄の願いを背に感じながら少しずつ、しかし大きく成長する弟の話ではないのか。僕はそう叫びたくなるのです。原田知世を日本に帰して緒方直人とデートさせたのは一種のサービス(果たしてこれは誰に対するサービスなのでしょうか?)でしかないと思うのですが、このサービスは兄と弟との関係から観客の目を遠ざけてしまいました。このエピソードがなければ、兄・緒方直人の弟に対する思いが、さらに痛烈に伝わってきたと思うのです。

 弟の参加するサーカスが日本にやって来ると知って、宿舎まで差し入れ抱えて訪れる緒方直人の気持。そんな兄の気持を知りながら、強がりをしてみせる弟の気持。そしてその夜、泣きべそをかきながら兄の住む部屋を訪ねる弟と、それを迎え入れる兄の気持。そんな兄弟の思いを、原田知世は薄めてしまうのです。

 僕が思うに、原田知世はスペインでガイドだけしているべきでした。彼女が日本に帰ってくる必要は全くないのです。彼女は印象的な脇役として、この映画の中に存在しているべきでした。

 湾岸王さんは問う。「果たして、原田知世は輝いていたのでしょうか?」と。この問いに僕は応えねばならない。「そう。原田知世は輝いていた。ただしスペインでは」と。あの役柄が「太ったおばさん」では困ると思いますが(太ったおばさん相手に、緒方直人が我がままを言ったり横柄な口をきいたりできるでしょうか?)、彼女が日本に帰ってくる必要は全くなかった。彼女を日本に帰したことが、この映画の唯一の失敗でした。この失敗に比べれば、サーカスシーンの迫力のなさなど取るに足らないものです。

 120点の作品が100点に格下げなんて甘い。僕に言わせれば、95点の優秀点が65点の及第点に落ち着いてしまったようなものです。

 P.S.
 この映画の松金よね子は良かったなぁ。サーカスのシーンで彼女が現れたときは、なんだかすごくホッとしました。




 結局のところ、原田知世を単なる脇役と見るか主役のひとりと見るかが、僕と湾岸王さんの違いなのでしょうね。原田知世が「脇役としてはまずまず」と考える僕と、「主役級の役柄としては物語へのからみが物足りない」と考える湾岸王さんとで意見が別れるのもうなずけます。しかしいずれにしても、彼女のあつかいが中途半端なものに終わってしまっているという点では意見が一致しているようですね。まぁ、これで結論になってしまいますから、ついでに少し脱線して別の映画の話をします。

 男兄弟の絆と葛藤を描いた映画として、僕は『スペインからの手紙』という映画を見ています。この類の映画としては『インディアン・ランナー』や『リバー・ランズ・スルー・イット』などが最近はありましたし、あまりできの良い作品とは思えませんが『バック・ドラフト』という映画もありました。僕が『バック・ドラフト』を評価しないのは、そこに描かれている兄弟のべたべたとした関係になじめないのが一番の理由ですが、主人公のウィリアム・ボールドウィンと恋人との関係があまりにもそえもの的にしか描かれていなかったことも理由のひとつです。僕は『スペインからの手紙』後半での緒方直人と原田知世の描き方に同じものを感じました。

 『バック・ドラフト』の兄弟(カート・ラッセルとウィリアム・ボールドウィ)は事故で消防士だった父親をなくして、肉親と呼べるのはお互いだけです。二人は共に消防士の職につきますが、それまでのいきさつなどもあって互いにどこかよそよそしい。映画では弟の方が主人公なのですが、この弟は当然孤独で、そこに降ってわいたように現れるのが、彼の幼なじみだかクラスメートだかの女性。当然のことながらこのふたりはデキてしまいます。しかし、この女性が兄弟二人の間に立って、物語をリードして行くことはないのです。まさに、独身で彼女もいない主人公に女でもあてがってやろうという制作者側の態度が見え見えの展開に、僕はうんざりしました。

 それに比べると『インディアン・ランナー』の中のパトリシア・アークエット(『トゥルー・ロマンス』が楽しみ!)やバレリア・ゴリノ(『ホット・ショット』はなんじゃい!)の描写は自然で良い。主人公兄弟の生活に深みを持たせることに貢献していたし、なんと言ってもそれぞれの役柄にも魅力があって忘れられないキャラクターになっています。

 『リバー・ランズ・スルー・イット』に出てきたエミリー・ロイドも忘れられません。彼女とノーマンのエピソードは兄弟の話に直接は関係ないのですが、それでも彼女の存在が語り手である兄ノーマンのキャラクターに大きな陰影を与えて、より魅力的に見せていたはずです。(ブラッド・ピットはガールフレンドのエピソードがあってもなくても、充分に魅力的でしたが……。)

 こうしてみると『スペインからの手紙』の原田知世の存在の中途半端さがますます気になってしまうわけで、なまじスペインでの彼女がかっこよかっただけに、鎌倉での再登場には首をかしげざるを得ません。彼女が物語にはたした役目は一体なんだったのでしょうか。彼女が緒方直人のガールフレンドになることで、緒方直人のキャラクターが掘り下げられるなどの効果があったとは思えないですしね。緒方直人が去った後、弟の良二と連絡をとっていたようですが、これも説明不足で兄弟と彼女とのつながりが今ひとつよく飲み込めません。

 結局、どこをどうとっても説明不足で中途半端です。彼女と緒方直人の物語は恋愛関係と言うにはあまりにも頼りない関係で、むしろこれから友情になるのか恋愛になるのかというものでしょう。しかし、そうだとしても後半出ずっぱりの彼女の存在がどうにも気になります。彼女の緒方への好意が、友情なのか恋愛感情なのか単なるお節介や親切心なのか、彼女の気持がよくわからないのです。

 映画は兄弟二人で母親の墓参りに行くところで終わりますが、このシーンで原田知世は完全に物語の外側にはじき出されてしまいます。いったい原田知世って、この映画の中ではどういう立場にあったのでしょうか。こんなことなら、やっぱり彼女はスペインでお役御免になるべきだったんです。もちろん、サーカスのシーンに観客として顔を出すぐらいはあってもいいですけどね。



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