椿姫ができるまで

2013/09/06 シネマート六本木(スクリーン3)
2011年に上演されたナタリー・デセイ主演の「椿姫」。
そのメイキング・ドキュメンタリー。by K. Hattori

13090603  2011年夏のエクサン・プロヴァンス音楽祭で上演された、ヴェルディのオペラ「椿姫(ラ・トラヴィアータ)」のメイキング・ドキュメンタリー。主人公のヴィオレッタを演じるのはナタリー・デセイ。演出はジャン=フランソワ・シヴァディエ。指揮はルイ・ラングレ。上演舞台の様子はDVDになって発売されているのだが(YouTubeで見ることもできる)、この映画はあくまでもそのメイキング。完成舞台を観ていなくても、「椿姫」の内容をある程度知っていれば興味深く見ることができると思う。ちなみに僕は、2009年にアンジェラ・ゲオルギューのミラノ・スカラ座公演を映画で観ている。

 この映画にはふたつの時間が流れている。ひとつはオペラ「椿姫」の中の時間。映画はオペラの序曲から、ヴィオレッタ宅でのパーティ、そこで歌われる「乾杯の歌」、ヴィオレッタとアルフレードの同棲生活、アルフレードの父ジェルモンの説得、別れの手紙、フローラの屋敷でのジプシーの合唱、死にゆくヴィオレッタなど、オペラのハイライトシーンを折り込みながら、「椿姫」の物語を順番に追って行く。映画に流れるもうひとつの時間は、ひとつのオペラの準備から上演に向けての時間だ。稽古場での打合せ、伴奏用のピアノ1台ではじまる簡単なリハーサル、コーラスやオーケストラの打合せ、舞台装置のプランが作られ、衣装が作られ、衣装を着けてのリハーサルが始まり、本番舞台に美術をセットしてのリハーサルと最後のダメ出しがあって、本番の上演に備える。映画の中ではこの2種類の時間が並走して行くのだ。つまり序曲や第1幕の稽古をしているときは、稽古場での簡素な道具を使った準備であり、第2幕になると装置が揃ってきて、第3幕の稽古になると本番直前になっている。

 ふたつの時間をこうして重ね合わせるのは、完成品を観てしまうと何でもないアイデアのように思う。だがこうした構成は、どんなに素晴らしい素材があっても、時間軸の制約で映画に取り込めない場面が無数に生じるという制約を生み出すことになる。本番直前になってオペラの序幕や第1幕に関係したいい場面が撮れても、それは映画の中に使えない。逆に稽古開始直後に物語の終盤付近にいい場面があっても、それは映画の中に入れられない。ドキュメンタリー映画としては制約が多すぎる構成だが、この映画はこの構成が生きている。映画の中に流れていたふたつの時間が、映画の最後の最後にヒロインの死の場面で終わるのは感動的。しかし同時に、ヴィオレッタを演じるデセイがこのシーンを何度も繰り返して見せることで、このシーンがある種のコミカルさを生み出してもいる。

 シヴァディエの的確な演出によって、古典的なオペラに新しい命が吹き込まれていく様子を見るのは新鮮であり感動的。オペラ歌手が歌い手であると同時に、「俳優」でもあることを改めて思い出させる作品でもある。

(原題:Traviata et nous)

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9月28日(土)公開予定 シアター・イメージフォーラム
配給:熱帯美術館 配給協力:アルシネテラン
2012年|1時間52分|フランス|カラー|ビスタ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://traviataetnous.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
関連DVD:Verdi: La Traviata
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