風立ちぬ

2013/07/22 TOHOシネマズ錦糸町(スクリーン2)
宮崎駿が初めて実在の人物と時代を描いた長編アニメ。
飛行機設計者堀越二郎と近代日本の青春。by K. Hattori

13072201  戦前の日本は貧しかった。どうしようもなく貧しかった。その貧しい国が、世界と互角に肩を並べようと精一杯の背伸びをして、あげくの果てに世界を相手に戦争をして負けた。しかしそれは、紛れもなく日本の青春時代でもあった。宮崎駿の『風立ちぬ』は、近代日本の青春時代の輝きを、しかも破滅で終わる悲劇の青春を、美しく描き出す長編アニメーション映画だ。戦前の日本を美しく描くと言っても、この映画は戦前の日本をことさら賛美しているわけではない。日本は貧しい国だったのだ。どうしようもなく貧しく、不潔で、人々の心には余裕がなかった。余裕があったら、あんな馬鹿げた戦争なんてしなだろう。だがその日本には、貧しさの中にも美しさがあった。貧しいからこそ、美しかったのかもしれない。

 夜道の街灯の下で、貧しい家の少女が、弟を連れ、赤ん坊を背負って家族の帰りを待っている場面がある。主人公の二郎はその貧しい子供たちの姿を見て、夜食用に買ったばかりのシベリア(カステラに羊羹をはさんだ菓子)を手渡そうとする。少女は包み紙の中から現れた菓子と、主人公の顔をじっと見つめる。一緒にいる弟は、今にも菓子に手を出したそうな顔をしている。だがその少女はその菓子をはね付ける。弟の手を引いて、誰もいない自分の家に戻ってしまう。どんなに腹が減っていても、目の前の菓子をどんなに食べたいと思っても、他人から憐れまれたり施しを受けたりするいわれはないのだ。シベリアに背を向けて家に帰ってしまう少女には矜恃がある。たとえ貧しくても、自分ひとりで何とか生きていこうというプライドがある。何気なく挿入されているエピソードだが、これは映画の中でもっとも美しいエピソードのひとつだと思う。

 貧しくとも、自分ひとりの足でしっかりと立って生きていかねばならない。どんなに苦しくても、その苦しさの中で、他人を頼りにすることなく、自分の生きる道を切り開いていかねばならない。そんな貧しさの中の矜恃を、じつは主人公の堀越二郎も持っている。日本は貧しい。技術がない。欧米の工業技術に何十年も遅れている。だがそこに、何が何でも追いつかねばならない。自分たちの手で、足で、そこに追いつき、肩を並べられる力を付けねばならない。そんな当時の日本の国情を、宮崎駿は小さなエピソードを通して観客に伝えようとしている。

 映画は戦前の日本にあった「美しさ」を、主人公二郎と恋人の恋愛関係に重ね合わせる。日本が世界と互角になろうと精一杯の背伸びをしていた姿を、病気で先行きが短い命を精一杯燃焼させて輝かせようとするヒロインの姿として写し取る。その先にあるのは死であり、破滅であり、悲劇だ。だがその悲劇は、自分に与えられた時代の中で精一杯懸命に生きようとした人たちの健気さを、気高さを、誇りを、そしてその中から生まれてくるはかない美しさを否定することはない。

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7月20日公開 TOHOシネマズ スカラ座ほか全国ロードショー
配給:東宝
2013年|2時間6分|日本|カラー|モノラル
関連ホームページ:http://www.kazetachinu.jp
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
サントラCD:風立ちぬ サウンドトラック[共通特典CD付き]
主題歌CD:ユーミン×スタジオジブリ ひこうき雲 40周年記念盤 (CD+DVD)(完全生産限定盤)(LPサイズ絵本仕様)
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