ザ・マスター

2013/02/28 シネマート六本木(スクリーン2)
ポール・トーマス・アンダーソン監督が描く1950年代のアメリカ。
俳優たちの火花散る演技にしびれる。by K. Hattori

13022802  第二次大戦中に海軍に所属していたフレディは、戦争のストレスから逃れるように飲みつづけていた酒ですっかりアル中になり、戦争が終わっても酒で失敗ばかりしている。素面の時は真面目で人当たりもいい好人物なのだが、酒が入ると感情の抑制が効かなくなり、時に暴力的な振る舞いをする。働いていたデパートをクビになり、農場で働いても周囲の移民労働者たちとトラブルを起こす。そんな彼が酒のにおいにつられて迷い込んだのは、とある船上結婚パーティーだった。彼は船の主であるランカスター・ドッドという男と知り合い、その人懐こさとカリスマに強く引き付けられる。ランカスターは「ザ・コーズ」という団体のリーダーとして、数多くの信奉者に取り囲まれていた。フレディは「ザ・コーズ」に興味はなかったが、ランカスターという男から離れられなくなってしまう……。

 『マグノリア』や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・トーマス・アンダーソン監督の新作は、1950年だのアメリカを舞台に、新興宗教の教祖と出会った男がたどる転落人生を描く。モデルになっている教団はサイエントロジーで、ランカスター・ドッドのモデルはサイエントロジーの教祖L・ロン・ハバード。ハバードが「ダイアネティックス」を書いたのが1950年で、サイエントロジー教会が設立されたのが1954年だから、この映画もちょうどその頃、1950年代半ばを舞台にしているのだろう。つまり第二次大戦が終わって、もう10年ぐらいたっているのだ。

 サイエントロジーを題材にはしているが、これはサイエントロジーについての映画ではない。カリスマ的なリーダーが率いている小さな集団が、じつはカリスマ的なリーダー単独ではなく、控え目に見えるリーダーの妻との二人三脚で運営されている(運営の主導権を握っているのは妻の側と見えなくもない)というあたりは、先日観た映画『ヒッチコック』との連続性も感じられる。ただし『ヒッチコック』では夫婦の確執と和解がはっきりと描かれていたのに対して、『ザ・マスター』の夫婦確執は隠蔽されている。ランカスターは若い妻ペギーを支配しているようで、じつは支配されている。ペギーは夫ランカスターを尊敬して立てているようで、じつは彼を巧みに操作しようとしている。。こうした関係に風穴を開けるように登場するのがフレディで、その存在をランカスターは歓迎するが、ペギーは彼を疎ましく感じて遠ざけようとする。

 ランカスターとフレディの奇妙な関係は、映画の最後まで明確な何らかの形を取ることはない。それは友情なのか、それとも男性同士の恋愛関係なのか、師弟関係なのか、疑似父子関係なのか……。結局よくわからない。しかしこれはあらゆる人間関係全体に言えることだろう。どんな人間関係も、それは他と比較できない唯一無二のオリジナルなのだ。他人同士の人間が出会って別れる、一期一会の奇跡がここにある。

(原題:The Master)

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3月22日公開予定 TOHOシネマズシャンテ、新宿バルト9
配給:ファントム・フィルム 宣伝:スキップ
2012年|2時間18分|アメリカ|カラー|1.85:1|Datasat、ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://themastermovie.jp
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
サントラCD:The Master
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