ある海辺の詩人

小さなヴェニスで

2013/01/07 シネマート六本木(スクリーン3)
ヴェネチアの潟に面した町で出会った異邦人の男と女。
現代の中国人移民をリアルに描く。by K. Hattori

Umibenoshijin  シュン・リーはローマの縫製工場で働く中国人労働者だ。シングルマザーでもある彼女は業者に高額の借金をしてイタリアに渡り、中国人の元締めが手配する職場で働きながら、故郷に残してきた幼い息子を呼び寄せることを夢見ている。工場での働きが認められて、彼女はヴェネチアに近い港町キオッジャの居酒屋で働き始めることになった。海に面したさして広くもない店には、古くからの常連客が次々にやってくる。片言のイタリア語しか喋れないシュン・リーを、客たちは物珍しそうに眺めている。そんな客の中に、仲間たちから「詩人」と呼ばれる老漁師ベーピの姿があった。

 物語の舞台になっているキオッジャは、ヴェネチアの潟(ラグーナ)の南端に築かれた古い町であり、アドリア海最大の港町と言われることもある。ヴェネチアが車の利用を禁止して完全に観光地化しているのに対して、キオッジャは車も往来する地元生活者の町だ。この映画の中にも観光客らしい人は誰も出てこない。だがこうした中にも中国人がやってきて店を持つというのだから、中国人の浸透力は凄まじい。このキオッジャの町を、この映画の主人公たちは通り過ぎて行く。主人公たちにとってこの町は、終の棲家にはならない。ここはどこまでも通りすがりの町であり、主人公たちの出会いと別れもすべて、旅の途中での出来事なのだ。

 監督・脚本のアンドレア・セグレは本作が初の劇映画だが、それ以前からドキュメンタリー映画を何本か撮っているらしい。社会学者として移民問題の調査研究に取り組んでいるという成果が、この映画にも反映されているのだろう。映画に出てくる中国人移民の姿は、その実態をまったく知らない者の目から見ても「なるほど」というリアリティがある。シュン・リーを雇っている元締めたちは、従業員たちを徹底的にこき使い搾取している。しかし極悪非道で冷酷な、現代版奴隷商人のような人たちというわけでもなさそうだ。シュン・リーは元締めたちに従順だったが、従業員の中にはある程度の金を貯めると逃げ出してしまう者もいる。おそらくこうした中国人移民は、世界中どこにでもいるのだろう。日本にもいるはずだし、かつて日本が貧しかった時代には、日本人も同じような形で海外に移住していくことがあったのだ。

 イタリアにやって来た異邦人の恋物語という点で、これはヴェニスを舞台にした1955年のデヴィッド・リーン作品『旅情』に似ているかもしれない。ただし『旅情』ほどドラマチックではない、それよりずっとささやかな物語だ。場所もきらびやかなヴェニスではなく、「小さなヴェニス」であるキオッジャだし、ヒロインはオールドミスのキャサリン・ヘプバーンではなく、シングルマザーの中国人。男もイタリアの伊達男ではなく、ユーゴスラビア人の老漁師。季節も夏ではなく(『旅情』の原題は『Summertime』)、冷たく凍えた冬の物語だ。

(原題:Io sono Li)

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3月上旬公開予定 シネスイッチ銀座
配給:アルシネテラン
2011年|1時間38分|イタリア、フランス|カラー|シネマスコープ
関連ホームページ:http://www.alcine-terran.com/umibenoshijin/
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