1979年から90年まで、英国首相として辣腕を振るった「鉄の女」ことマーガレット・サッチャーの伝記映画。年老いた現在のサッチャーの姿から物語が始まり、娘時代の思い出、政治家を志した頃、夫との結婚、保守党の有力議員としての活動時期、党首選挙への立候補、英国首相への道、フォークランド紛争での大英断、党内での孤立から辞任までを描いていく。こうした足跡を回想形式で描くのは伝記映画として定番構成だが、過去の思い出に浸る主人公は認知症が進行し、死んだ夫がまだ生きていると思っているというのが面白い。これは映画のための創作ではなく実話だそうで、2008年に娘が新聞連載中の回顧録で明かしたものだ。2002年頃から認知症の発作が出るようになり、2003年には夫を亡くしている。しかし元首相はやがてそのことを忘れてしまい、娘は母に何度も「夫の死」という最悪の事実を告げなければならなかったという。
映画はひとりの小柄な老婆が、街の食料品店で牛乳を買う場面から始まる。老いて背中が曲がり、緩慢な動作で支払いを済ませ、もと来た道をよろよろと戻っていく彼女こそ、元英国首相マーガレット・サッチャーの現在の姿。ひとりきりでいつの間にか外出した彼女に、家で彼女の身辺の世話や警備をしている者たちは大騒ぎ。しかし元首相はそんなことまったくお構いなしに、夫とふたりで最近の物価高のことなど世間話を楽しんでいる。しかしその夫は、彼女の心が産みだした幻。数年前に夫は既に亡くなっているのだ。彼女は夫の遺品を整理しながら、夫と共に過ごしたこれまでの人生を回想してゆく。
サッチャーを演じるのはメリル・ストリープ。少女時代や駆け出しの新人政治家時代は別の女優が演じているが、保守党の中堅政治家として活躍し始める1970年頃から現在までの40年は、メリル・ストリープが演じている。この時代のサッチャー、ことに1979年に女性初の英国首相になってからの彼女は、誰もが知る国際的な政治家だった。メリル・ストリープとサッチャーの容姿はそれほど似ているわけではないが、当時のファッションやヘアスタイル、メイク、独特のしゃべり方や身のこなしなどで、ハリウッドを代表する大女優が英国の女性首相に成りきっている。
メリル・ストリープは技巧派の女優で、かつてはどんな役にでも成りきってしまう「女版ロバート・デニーロ」と言われていた。しかし演技が評価されて人気女優になれば、役柄も「メリル・ストリープらしいもの」しか回ってこなくなる。本作の監督フィリダ・ロイドは『マンマ・ミーア』に続くストリープとのコンビ作だが、今回は映画冒頭から「これがメリル・ストリープなの?」という驚きのシーンが満載。大女優の役者魂を存分に引き出した作品で、メリル・ストリープに17回目のアカデミー賞ノミネートをもたらしている。
(原題:The Iron Lady)
サントラCD:The Iron Lady
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