ヒミズ

2011/12/22 シネマート六本木4(GAGA試写室)
古谷実のコミックを園子温が映画化した青春映画。
今年はこの映画を観られて良かった。by K. Hattori

Himizu  今年はこの映画に出会えて幸せだった。そう思える映画を1年の最後に観ることができた。映画を観ながら涙が止まらなくなるという経験を久しぶりに味わったが、これは悲しい涙ではない。嬉し泣きというわけでもないし、おかしくて涙が出たというわけでもない。胸の奥から突き上げてくる熱いものが干からびた涙腺を刺激して、とめどなく涙があふれ出てくるのだ。

 原作は10年前に週刊ヤングマガジンで連載されていた古谷実の同名コミックだが、僕はこれを読んでいない。映画版の脚色・監督は園子温。準備中に3月11日の東日本大震災が起き、映画の中にその現実を取り入れている。原作を読んでいなくても、これは原作とかなり変わった世界観になっているであろうと察しはつく。映画の舞台になっているのは、津波で大きな被害を受けた東北の小さな町だ。主人公の住田祐一は、母親が営む貸しボート屋を手伝う中学3年生。将来の夢は「普通の大人になって普通の幸せを手に入れること」。何の取り柄もない彼だが、その周囲には彼を慕って、津波で家や家族を失ったホームレスの大人たちが集まってくる。クラスメイトの茶沢景子も熱烈な住田フォロワーで、何かと彼に付きまとって世話を焼こうとする。

 登場人物たちが互いの「欠落感」によって結びついているところがユニークであり、痛ましくもある作品だ。主人公の住田は、他の中学生に比べて特別な何かを持っているわけではない。彼は「持っていない」ことで人を引き寄せるのだ。彼は安定した生活を持っていない。親の愛情を受けていない。守ってくれる大人がいない。親の愛情を失っているのは茶沢も同じ。彼女は「愛に対する飢え」という共通項で住田と結びつく。これは親から得られない愛を、住田に求めているわけではない。住田の中に自分と同じ「心の傷」を見ている仲間意識のようなものかもしれない。これは他のホームレスたちも同じだろう。彼らと住田の関係を見ても、住田のどこが好青年なのかはさっぱりわからない。しかし物語が進んで行く中で、彼らもまた住田と同じような「心の傷」の持ち主であることがわかってくる。

 普通に生きることが許されない少年が、普通になりたいと願ってもがく物語だ。そしてこれは、地震と津波と放射能汚染でもはや普通に生きる機会を奪われてしまった、現在の日本(あるいは被災地で生きる人々)の寓話になっている。渡辺哲がでんでんの前で卑屈に土下座しながら、「あの子は未来だ!」と叫ぶシーンの切実さ。茶沢が住田に突然キスをして、「結婚しよう!」と告げる場面の切なさ。住田と茶沢が自分たちの未来について語り合うシーンでは、内容があまりにも普通すぎて過ぎて泣けてくる。普通の未来。普通の生活。普通の暮らし。それが手に入れられない今という時代!

 「住田がんばれ!」。青春とは泣きながら朝日に向かって走ることである。

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1月14日公開予定 新宿バルト9、渋谷シネクイントほか全国ロードショー
配給・宣伝:ギャガ パブリシティ:アルシネテラン、フラッグ
2011年|2時間9分|日本|カラー
関連ホームページ:http://himizu.gaga.ne.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
原作:ヒミズ(古谷実)
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