パーフェクト・センス

2011/11/07 シネマート六本木試写室
世界から少しずつ人間の五感が消え去って行く……。
最後まで残るのは希望と愛なのだ。by K. Hattori

Perfectsense  発端は些細なことだった。グラスゴーの病院に運び込まれたひとりの患者が、嗅覚の異常を訴えたのだ。原因は不明だが、これは各地の病院で発見されている症状だった。新しい感染症か。それとも化学物質など他の原因があるのか。やがてこの症状は全世界に蔓延し、人類は嗅覚を失った。しかしこれは、その後起きることの前兆に過ぎなかった……。

 ユアン・マクレガーとエヴァ・グリーン主演のSF風スリラー映画。監督は『猟人日記』のデヴィッド・マッケンジー。脚本はキム・フォップス・オーカソン。映画の中ではグリーン扮するヒロインが、謎の感染症に立ち向かう学者に扮しているが、これは世界を覆う惨事を大局的に解説する役回り。それに対してマクレガー扮する男は、嗅覚や味覚が最大限に必要とされるレストランのシェフという設定。新たな感染症の蔓延に対して、感染症そのものに立ち向かおうとする女性学者と、感染症が広まって変貌してしまった社会の中で生きる道を探ろうとする男の姿を通して、大きな社会変化に見舞われている人間の世界そのものを描いている。

 この映画はアイデアが秀逸だと思ったのは、人間の感覚が少しずつ消えていくという部分ではない。ここから世界が破滅するとか、大恐慌が起きて戦争になるという話になれば、それは新しいパニック映画でしかない。この映画が面白いのは、どれほど世界が変わっても、人間の生活が秩序や日常性を保ち続けるという部分にある。この映画は人間を信頼しているのだ。人間はちょっとやそっとのことで、無秩序になることはない。もちろん中には、暴力や略奪に走る人たちもいる。しかし多くの人はその中でも、今ある与えられた状況の中で人間らしく生きようとするのだ。この映画の人間観は、いささか楽観的すぎるだろうか? 僕などは何かあるとすぐパニックや暴動が起きて世界が大騒ぎになるハリウッド映画の人間観より、この映画の人間観の方がリアルなものに感じる。

 映画の中で印象的なのは、主人公の働くレストランのスタッフたちが、人間に残された感覚をフルに刺激する新しい料理作りにチャレンジして行く場面だ。嗅覚がなくなれば、新しい味覚を探求する。味覚も失われれば、口に入れたときの温度、舌触り、歯触り、歯ごたえ、噛みしめるときの音などに、ありとあらゆる工夫をする。耳も聞こえなくなれば、盛りつけに徹底的にこだわって美しさを演出する。聴覚を失った人たちが、ライブハウスで楽器演奏を体で感じ取ろうとするシーンも心に残る。どれほど感覚器官が失われていっても、文明社会は維持され、人間の日常の営みは継続し続けるのだ。

 設定自体は恐ろしいものだ。全人類が異常な食欲に襲われ、目の前にあるものを手当たり次第に口に運ぶ様子はまるでゾンビ映画。しかしこの映画の後味は爽やかで、心温まるものだ。人間は最後の最後まで希望を失わない。そして最後に、愛が残される。

(原題:Perfect Sense)

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2012年1月7日公開予定 新宿武蔵野館
配給:プレシディオ 協力:ハピネット
2011年|1時間32分|イギリス|カラー|スコープサイズ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.perfectsense.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:パーフェクト・センス
関連DVD:デヴィッド・マッケンジー監督
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