ちづる

2011/09/08 京橋テアトル試写室
自閉症の妹にカメラを向けた大学生の成長記録。
青年が家族から自立する青春ドラマ。by K. Hattori

Chizuru  赤武迺゚さんは1990年生まれ。彼女は1歳11ヶ月の時に医師から自閉症と診断され、その後、知的障害があることもわかった。小中学校は地元横浜の養護学校に通ったが、周囲とのコミュニケーションが苦手で中学2年の頃から学校に通うのをやめてしまう。父親は交通事故死。2歳年長の兄・正和さんは東京の大学に通うため家を離れ、千鶴さんの面倒は母親がひとりで見ている。正和さんは大学3年生の秋、卒業制作の課題で妹についてのドキュメンタリー映画を撮ろうと考える。それまで彼は、妹の障害についてはなるべく触れず、同じ家の中にいても遠巻きに眺めているようなところがあったのだ。母は正和さんの変化と突然の申し出に驚くが、撮影を了承することにした。こうして完成したドキュメンタリー映画『ちづる』には、自閉症患者を家族に持つ家庭の日常生活や悩みが生々しく記録されている。意思の疎通がチグハグなことから生じる、コントのような会話。小さな事でころころと感情が揺れ動き、ドラマチックに変化して行く千鶴さんの表情。気分屋の彼女に寄り添い、時には振り回されてくたびれ果てる母親の姿。そしてこの「撮る」「撮られる」という関係が、家族の中に大きな変化を生み出して行くのだ。

 大学の映画学科で映画を学ぶ学生の卒業制作だが、ひとつの家族のドラマとして面白く観ることができた。すぐに思い出したのは、映画監督の松江哲明が日本映画学校の卒業制作として作った『あんにょんキムチ』(1999)と、フランスの女優サンドリーヌ・ボネールが作った『彼女の名はサビーヌ』(2007)だ。『ちづる』とこの2本の共通点は、まず第1に、作り手が自分自身や家族にカメラを向けたセルフ・ドキュメンタリーであること。どれも監督のデビュー作だという点でも共通している。第2に作り手がそれまで目を背けがちだった「家族の秘密」が、映画の中で明らかにされていくこと。『あんにょんキムチ』では監督の家族が在日韓国人だったという出自が明らかにされ、『彼女の名はサビーヌ』ではフランスを代表する美人女優に自閉症の妹がいることが明らかにされる。『ちづる』は自閉症の妹を取材している点で、『彼女の名はサビーヌ』を特に強く連想させる。

 『彼女の名はサビーヌ』は監督の妹サビーヌの変化を描いた映画だったが、『ちづる』に登場する監督の妹は何も変わらない。この映画では彼女と一緒に暮らしている母親や、監督自身が変わっていくのだ。この映画の主役は、じつのところ映画を撮っている監督本人。大学で映画を学ぶひとりの青年が、親に庇護されて生きる子供から、自分ひとりの力で生活の糧を得る大人への成長を目指す物語だ。監督は卒業後の進路について悩み、母親と衝突する。彼が家族と向き合い葛藤する姿が浮かび上がってくる後半の展開が、ある出来事でバッサリと断ち切られる幕切れは痛快だ。

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10月29日公開予定 ポレポレ東中野、横浜ニューテアトル
配給:「ちづる」上映委員会
2011年|1時間19分|日本|カラー|ヴィスタ
関連ホームページ:http://chizuru-movie.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:ちづる
関連DVD:彼女の名はサビーヌ
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