江戸時代の武家社会において、脱藩は捕らえられれば死罪となる大罪だった。だがそれを承知で、佐久間森衛は海坂藩を脱した。藩政を厳しく批判して、藩上層部や藩主の不興を買ったことが原因だ。藩は剣の達人である佐久間を追跡する討手として、直心流の遣い手である戌井朔之助を選んだ。だが朔之助にとって、佐久間は共に剣の腕を競い合った親友であり、共に逃げている佐久間の妻・田鶴は朔之助の実の妹なのだ。できれば辞退したかった務めだが、これは武士として決して断ることのできない藩の命令だった。朔之助は古くから戌井家に奉公する新蔵を伴って、佐久間を追跡する旅に出るのだった……。
原作は未読だが、映画はじつに物足りなかった。これは映画の作り手が、どんな映画にすべきか特に何も考えなしに何となく映画化してしまったのではないだろうか。普通に考えれば、この映画がつまらなくなるはずがないのだ。なぜならこの映画は、主人公が旅をしていくロードムービーだ。ロードムービーは滅多なことで「はずれ」がないというのが映画ファンにとっての定説で、この映画も普通にロードムービーとして作ればそれなりに面白い映画になったはずなのだ。映画の途中にエピソードを挟むことで移動の距離感が出るし、主人公たちの気持ちの移ろいや変化を観客に知らせる場面を作ることもできる。しかしこの映画は旅の様子をただ「風景の変化」で描くだけで、旅の途中にこれといったエピソードがない。その代わりに旅の途中に挿入されるのは、主人公が故郷に残してきた両親や妻の姿。しかしこうしたエピソードは物語の焦点をぼかして、映画の印象全体を曖昧にしてしまうことになったように思う。
東山紀之が演じる主人公が、最初から最後まで沈痛で暗い表情をしているのも、映画を平板な印象にしてしまったと思う。東山は笑顔が爽やかなお兄さん系のタレントだし、コミカルな役もできるのだから、これはもっと朗らかで明るい人物にした方がよかったかもしれない。旅の終わりにあるのは命がけの斬り合いなのだから、それまでは無理にでも明るく振る舞わせるのだ。朔之助が新蔵に佐久間脱藩に至る由来を説明するくだりも、もっと自嘲気味に、茶化すように語らせてもよかったし、そうするだけの余地が脚本にはあったと思う。この脚本は完成した映画より、もっとユーモアを求めていたのではないだろうか。旅の終盤にある間抜けな仇討ちのエピソード。ここで主人公たちが大笑いし、観客も大いに笑い、これをきっかけに映画のトーンががらりと変化すればよかったのかもしれない。
創立以来時代劇映画を十八番にしている東映は、ここ数年、藤沢周平原作の映画を作り続けている。昨年の『必死剣鳥刺し』はすごかった。その前の『花のあと』もまずまずのできだった。しかし今回の『小川の辺』は、作り方次第ではもっと面白くなる素材だっただけに残念な映画となった。
DVD:小川の辺
原作収録:闇の穴(藤沢周平) 原作収録:海坂藩大全 上(藤沢周平) 関連DVD:篠原哲雄監督 関連DVD:東山紀之 関連DVD:菊地凛子 関連DVD:勝地涼 関連DVD:片岡愛之助 |