大鹿村騒動記

2011/04/25 東映第1試写室
18年前に駆け落ちして出て行った女房が戻ってきた。
伝統の村芝居と大人の三角関係の行方。by K. Hattori

Ooshikamura  長野県大鹿村は「南アルプスと歌舞伎の里」を自称している。村の自慢は雄大な南アルプスの大自然と、300年の伝統を誇る村芝居「大鹿歌舞伎」。大鹿歌舞伎は各集落の神社の前宮として村人たちの手で演じられ、江戸時代や明治時代には歌舞伎禁令であったにもかかわらず、その目を盗むようにして守り受け継がれてきた伝統芸能。終戦の年などわずかな例外を除き、継続して上演され続けているというから驚きだ。今でも春と秋の年2回、定期的な上演が行われている。主な演目だけで30もあるというから立派なもの。現在は長野県の無形文化財に指定され、文部大臣表彰も受けている。

 本作『大鹿村騒動記』はその大鹿村を舞台に、村芝居に熱中する大人たちの童心と純情を軽やかに描くコメディ映画だ。劇中で上演される「六千両後日之文章 重忠館之段」は大鹿村にのみ伝わる演目。主人公は原田芳雄演じるシカ料理屋の店主・風祭善。彼は恒例の村芝居で、主役のひとり悪七兵衛景清を演じる人気役者。しかし上演を目前に控えて稽古に熱が入る中、彼のもとに18年前駆け落ちして逃げた妻の貴子(大楠道代)と、幼なじみで親友だった治(岸部一徳)が姿を現す。貴子は脳の病気で記憶障害を起こし、自分が夫を捨てて駆け落ちしたことも、今では治と暮らしていることも忘れているのだという。記憶障害で奇行に走ることもある貴子を扱いあぐねた治は、いまだ夫婦としての籍を抜いていない善に貴子を返すと言うのだが……。

 原田芳雄が芝居の主役で、逃げた女房が戻ってくる話……となれば、僕は若松孝二監督の『寝盗られ宗介』(原作はつかこうへい)を連想するのだが、これはそれとはだいぶ趣向の違う映画だ。『寝取られ宗介』は旅を続ける大衆演劇一座の話であり、『大鹿村騒動記』は先祖代々大鹿村に生きる人々の物語。村中の全員が顔なじみで、ハナタレ小僧時代から時間を共有している大人たちが、芝居の中で「止まった時間」の中を生きる楽しさ、悲しさ、そして美しさ。自慢の村芝居は300年という時間を内包し、その中に女房と親友が駆け落ちしてひとり村に取り残された男の思いも、戦友をシベリアで失った男の無念も、東京に出て村に戻らぬ恋人を待つ女の気持ちも、そんな彼女に秘かに思いを寄せる男の存在も、一緒くたに交じり合い、溶け合っていく。

 基本的には男女三人の三角関係ドラマなのだが、そこに外部の批判的な目として、冨浦智嗣が扮する若者を狂言回し風に紛れ込ませたのがいい。何しろ登場人物全員が顔見知りで旧知の仲とあっては、物語がうまく転がっていかないのだ。そこにまったく部外者で、男や女を超越した中性的ならいおん(冨浦智嗣の役名)を放り込むことで、これが適度に物語を攪拌していくのだ。貴子が錯乱状態になった時なども、この若者がひとり横にいるだけでずいぶんとシーンのあたりが軟らかくなる。「夏の夜の夢」の妖精パックみたいな役回りです。

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7月16日公開予定 全国ロードショー
配給:東映 宣伝:樂舎
2011年|1時間33分|日本|カラー
関連ホームページ:http://ohshika-movie.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:大鹿村騒動記
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