2010年1月16日。出張で東京から広島行きの新幹線に乗っていた勇治は、途中停車駅の新神戸駅で思わず途中下車してしまう。少年時代の神戸で過ごした勇治にとって、15年振りの神戸訪問。いったいなぜ、自分はこの駅で降りてしまったのだろう? 同じ新幹線を降りた美夏に声をかけられ、一緒に新しい街を歩くことになった勇治。じつは彼女も神戸出身。阪神淡路大震災から15年目の〈追悼のつどい〉に、ようやく参加する気持ちになれたのだという。その晩一緒に居酒屋で飲んだふたりは、何となく震災の時の思い出を語り始める。震災直後の街で、1本2千円の大根を売っている店があったと憤慨する美夏。だが勇治はその店を擁護する。震災で儲けて何が悪い。儲けた人の商才を妬んでいるだけではないか。自分の父親は震災で大儲けをした。そのおかげで自分はいい暮らしができた。そう言って笑う勇治に腹を立てた美夏は、そのまま店を飛び出してしまうのだが……。
震災から15年たった2010年1月17日、NHKで放送されたスペシャルドラマの劇場版。震災から復興した神戸の夜の街を、主人公たちふたりがひたすら喋りながら歩くという、ただそれだけの物語。しかしその密度は濃い。主演は森山未來と佐藤江梨子。ふたりとも実際に神戸で大震災を体験しており、映画の中の年齢も実際のふたりに合わせて書いてある。脚本を担当したのは『ジョゼと虎と魚たち』や『メゾン・ド・ヒミコ』の渡辺あや。監督の井上剛はNHKのドラマ演出家で、現在は朝ドラの「てっぱん」を担当中。僕はこのドラマをまったく知らなかったのだが、放送にはかなりの反響があったらしい。テレビドラマの即時性を生かした演出として、放送日当日の朝に撮影された追悼のつどいの映像を、映画のラストシーンに入れている。
夜間撮影がとても生々しい映像になっているのだが、これは補助光源をあまり使わず高感度カメラでありのままの映像を撮っているからだと思う。音声も基本的には同録。街のざわめきが、夜の街の静けさが、そのまま映像の中に再現される。この夜間撮影のリアルさに比べると、劇中にある回想シーンはまるで絵空事のように見えてしまう。そのちぐはぐさが、この作品にとっては最大の欠点かもしれない。美夏の話の中には説明的な回想シーンが出てこないのだから、勇治の話にも回想シーンなど入れなくてよかったのだ。新幹線の中での先輩社員との会話や電話のやりとりなどで、回想シーンを用いなくてもこの作品は十分に緊張感を保ったまま成立したはず。でもこれは脚本家を責めるべきじゃない。たぶん脚本家も完成した作品を観て、「こんなことならもっといろいろできたのに!」と思ったはずなのだ。そのぐらいこの作品の夜間シーンは素晴らしい。夜の空気のピンと張り詰めた雰囲気が、じつによく描けている。
DVD:その街のこども
サントラCD:大友良英サウンドトラック Vol.0 関連DVD:井上剛監督 関連DVD:森山未來 関連DVD:佐藤江梨子 関連DVD:津田寛治 |