北海道・増毛の海岸にある古びた漁師小屋に、元漁師だった老人・忠夫は孫娘の春と二人暮らしをしている。忠夫の娘でもある春の母親は5年前に自ら命を絶ち、忠夫は病気の後遺症で足が悪く一人暮らしがままならない。生活は春が近所の小学校で給食係をすることで賄ってきたが、過疎化と少子化で小学校は廃校になり、春は仕事を失ってしまう。彼女はこの機会に東京に出て行きたいと願う。しかし身寄りも仕事のつてもない東京に、体の不自由な祖父を連れて行くわけにはいかない。さいわい祖父には、疎遠になっているとはいえまだ元気な姉兄弟たちが何人かいる。そうした家のどこかで、忠夫を引き取ってもらうわけにはいかないだろうか。忠夫と春は増毛の家を出て、親戚の家を訪ねて回るのだが……。
出演者の顔ぶれが、とにかく素晴らしい。忠夫を演じるのは仲代達矢。忠夫と一番そりが合わない長男の茂雄を演じるのは大滝秀治で、その妻役が菅井きん。刑務所に入っている弟の内妻を田中裕子が演じ、女手ひとつで温泉旅館を切り盛りする姉茂子役は淡島千景、仙台で不動産業を営む弟道男役は柄本明で、その妻役は美保純。春の父に香川照之、その妻に戸田菜穂。道ばたで酒飲んでいる自称元漁師の男は、顔がほとんど出てこないが小林薫だ。こうした大ベテラン、大先輩たちに囲まれて、春を演じる徳永えりが堂々としているのが気持ちいい。彼女は『フラガール』や『アキレスと亀』にも出演していたそうだが、僕はそれらの映画での彼女がほとんど印象に残っていない。しかし今回の映画はよかった。がに股、猫背ぎみに、のそのそ歩く姿がじつにいいではないか。いかにも田舎の垢抜けない女の子らしい、べたべたの生活感が漂ってくる。リュックサックに安っぽい真っ赤なジャンパー、白いぺらぺらのスカートというダサダサのファッションも、見ているだけでイライラして不愉快になってくるぐらい、春という女の子の生きるのに精一杯な状況とそれを恥じない性格を表している。
映画の形式としてはロードムービーであり、おそらく映画を観た人の多くがこの作品から小津安二郎の『東京物語』を連想するだろう。『東京物語』は老人が子供たちの間をたらい回しにされて、「子供たちも大変だよね」というオチが付く映画だ。しかし『春との旅』は老人が老人の間でたらい回しにあって、「年を取ってもいろいろ大変だよね」というオチが付く。おそらく映画の作り手も、『東京物語』は十分に意識しているのだと思う。主人公が弟の内妻に親切にされるエピソードは、『東京物語』で原節子が演じた役に似たポジションかもしれない。また思いがけず赤の他人に親切にされるというエピソードも、やはり『東京物語』の原節子だなと思う。『春との旅』の中では会話シーンの人物切り返しショットでイマジナリーラインを無視するシーンがあったりするが、この手法もまた小津安二郎がしばしば用いるものだった。
原作:春との旅(小林政広)
DVD:春との旅 関連DVD:小林政広監督 関連DVD:仲代達矢 関連DVD:徳永えり 関連DVD:大滝秀治 関連DVD:菅井きん 関連DVD:小林薫 関連DVD:田中裕子 関連DVD:淡島千景 関連DVD:柄本明 関連DVD:美保純 関連DVD:戸田菜穂 関連DVD:香川照之 |