ロシア・ボリショイ劇場で掃除夫をしているアンドレイ。彼にはひとつの夢がある。それは世界的に有名なボリショイ交響楽団の指揮者として、オーケストラにタクトを振ること。これは決して荒唐無稽な夢じゃない。もともと彼は、このオーケストラの花形指揮者だったのだ。だが旧ソ連時代、ユダヤ人音楽家を追放する政府の以降に逆らったことで、アンドレイは指揮者から掃除夫への屈辱的な人事異動を受け入れさせられたのだ。ソ連は崩壊したが、アンドレイや追放された音楽家たちの境遇は何も変わらない。そんな時、アンドレイは支配人室を掃除中に1枚のFAXを手に入れる。それはパリのシャトレ劇場から送られてきた公演の依頼状。アンドレはこれを盗み出すと、昔の仲間たちを集めて「ボリショイ交響楽団」としてパリに乗り込むことを決意するのだった。
映画の前半はアンドレイによるメンバー集めに費やされる。パリの劇場との交渉に、かつて自分を追放した元KGBの職員を巻き込む。昔の仲間を集め、既に楽器を手放している者のために楽器も準備する。さらにパリでの共演相手として、目下売り出し中の美人ヴァイオリニストを指名し、宿泊ホテルやレストランも強引に指示していく。ところが指示する方は旧ソ連時代の知識しかないから、指定したホテルやレストランが見つからずに招待側は大慌て。そんなドタバタがコミカルに綴られていく。それに対して、映画後半はかなりシリアスな側面が強調される。共演者に指名した若手ヴァイオリニストのアンヌ=マリーは、アンドレイとどんな関係なのかというのが後半の大きな謎として物語を引っ張っていく。さらにパリに到着した途端、楽団員が全員行方不明になるというサスペンス。ミステリーは物語を引っ張り、サスペンスは物語を後押しする。こうして強引な設定の物語は、少々不格好ながらも前へ前へと進んでいく。
アンドレイとアンヌ=マリーの関係については、作り手が観客をうまくミスリードしている。ただしこのやり方が、結果としてよかったのか悪かったのかはよくわからない。観客がふたりの関係を邪推するのはもっともだとしても、その少し後になってから、それを打ち消すようなエピソードを入れてもよかったはずだ。最後の演奏会シーンですべての謎を明らかにしてしまうという構成の狙いはわかるにしても、この前にもう一段階ステップがあると、流れがもっとスムーズになったように思う。とにかくこの映画、エピソードのつなぎがどこもかしこも乱暴でしょうがない。
しかしそうした作劇上の欠点も、すべて演奏会の感動に溶かし込んでしまうのだから、最後は一本とられたと認めるしかない。政治権力に負けることのない「音楽の力」というテーマが、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の向こうから迫ってくる。音楽ものにありがちなおとぎ話だが、そこに生臭い政治の話をまぶして面白い風味を出した。
(原題:Le concert)
DVD:オーケストラ!
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