コトバのない冬

2010/01/20 Togen虎ノ門試写室
雪に閉ざされた場所で出会った男と女の気持ちの行方。
渡部篤郎の監督デビュー作。by K. Hattori

Kotobanonai  俳優・渡部篤郎の監督デビュー作は、シンプルなすれ違いメロドラマ。ひとりの孤独な女が言葉のしゃべれない孤独な男と巡り会い、互いに好意を持つようになるが、女は事故で記憶喪失になり男のことを忘れてしまうのだった……、という話。たまたま直前に記憶喪失のヒロインが登場する『誰かが私にキスをした』を観ていたため、「またか!」と思ってしまった。たまたま偶然そうなっただけなのだが、こういう巡り合わせで映画の印象というのは結構左右されてしまうものなのだ。

 ただしこの映画の中では、記憶喪失がそれほど重要なものとしては扱われていないようにも思う。女の記憶は事故直後には途切れていたが、その後回復したのかもしれない。しかし事故によって主人公たちの人生は決定的にすれ違う。これは「すれ違い」を生じさせるためのひとつのアイテムであって、他にもっとうまい方法があれば別の何かでもよかったはずだ。例えば、再会を約束した男女がひとつの出来事をきっかけにすれ違うメロドラマの古典に『めぐり逢い』があるが、ここで出てきたのはヒロインが交通事故に遭うというアイデアだった。交通事故も悪くなさそうだ。いずれにせよ、双方にまったく悪意がないまま不可抗力で約束が破られ、主人公たちが離ればなれになるのならそれでいい。しかし落馬事故による記憶喪失というアイデアは、それが彼女の日常にとって特に何の支障も起こさないという意味でよくできている。ヒロインの過去の中から、たったひとつ「彼」の存在だけがきれいに消されてしまうのだ。ヒロインは「彼」がいたことすら覚えていない。

 物語はシンプルだが、映画としては結構面白い。それは「芝居」の面白さがかなりの部分を占めている。主人公を演じた高岡早紀と渡部篤郎も上手いのだが、ヒロインの父を演じた北見敏之と、近所の食堂の女将を演じた渡辺えりの圧倒的な上手さには驚嘆させられる。渡辺えりが延々おしゃべりを続けるというそれだけのことで、この映画の中の笑いがほぼ満たされてしまうのだから大したものだ。

 映画の撮影は北海道の夕張を中心に行われている。ヒロインがいるのはそこから遠くない由仁という設定。映画全編を包むローカル色がいい。登場する俳優たちはみんな東京から現地に乗り込んでいるわけだが、ちゃんとその土地で生活している人たちに見えるのだ。北海道の小さな町があり、そこに閉じこもるように暮らしている人々と、そこから出ていこうとする人々の対比。家族と一緒に暮らしている女と、家族を持たずたったひとりで暮らす男の対比。小規模なアンサンブルの中から生み出される物語は、雪に包まれた北海道の風景を背景にすることで人間をスッキリと前面に押し出してくる。

 この映画の高岡早紀はよかった。ごまかしの利かない小さな映画の中で、彼女の女優としての素性の良さが引き立っている。安定感もあるし、もっと活躍してもいい女優だと思う。

2月20日公開 渋谷・ユーロスペースほか全国順次ロードショー
配給:ジョリー・ロジャー
2008年|1時間34分|日本|カラー|ヴィスタサイズ|ドルビーステレオ
関連ホームページ:http://www.echo-of-silence.com/
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